榊原英資氏は旧大蔵省(現財務省)で国際金融局長や財務官を歴任したエコノミスト。1990年代半ばに日本を襲った円高に対処すべく、徹底した円売り介入を断行したことから「ミスター円」の異名を取った。

 榊原氏は、日本危機論に背を向ける。「平均的な日本人の暮らしは、平均的な米国人の暮らしより豊かだ。これをエンジョイすればよい」と説く。

 榊原氏は、この豊かさを維持すべく企業の海外進出を重視する。海外市場で稼ぎ、それを所得収支として環流させることで、経常収支の黒字を維持するモデルを描く。「注目するのはインドだ。中国に比べて対日感情が良いのも追い風」と見る。

 社会保障と財政の不安に対しては、「消費税率を20%程度に」と提案する。描く姿は高福祉・高負担の欧州型福祉国家だ。アベノミクスは「成功した」と断じる。ただし、その出口策に妙案はないと言う。

 榊原氏の視点を踏まえ、皆さんのご意見を募集します。

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平成の間、眠り続けてきた日本を起こし、再び成長するために、今何をすべきでしょうか。

<span class="fontBold">榊原英資 (さかきばら・えいすけ)</span><br/ > 青山学院大学特別招聘教授。 1941年生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵省(現財務省)に入省し、国際金融局長、財務官を歴任。ミシガン大学で経済学博士号を取得。著書に『戦後70年、日本はこのまま没落するのか 豊かなゼロ成長の時代へ』『財務官僚の仕事力 最強官庁の知られざる出世事情』『書き換えられた明治維新の真実』など。(写真:加藤 康 以下同)
榊原英資 (さかきばら・えいすけ)
青山学院大学特別招聘教授。 1941年生まれ。東京大学経済学部卒。大蔵省(現財務省)に入省し、国際金融局長、財務官を歴任。ミシガン大学で経済学博士号を取得。著書に『戦後70年、日本はこのまま没落するのか 豊かなゼロ成長の時代へ』『財務官僚の仕事力 最強官庁の知られざる出世事情』『書き換えられた明治維新の真実』など。(写真:加藤 康 以下同)

榊原:私の認識は異なります。日本は眠ってはいません。日本経済は成熟しただけなのです。

 1人当たりGDP(国内総生産)は500万円*程度と非常に豊かになりました。平均的な日本人の暮らしは、平均的な米国人の暮らしよりずっと豊かだと思いますよ。1人当たりGDPは、米国が約6万ドルで日本より高いですが、あちらは格差が大きい。トップクラスの1%に所得が集中しています。中央値の人の暮らしを見れば、日本が豊かだと思います。統計値には表れませんが、実感としてそうではないでしょうか。
*:内閣府の資料によると2017年度は約430万円、約3万8000ドル。

そうですね。米国の地方都市に行くと、町中を走るクルマはボロボロ。服装も気に掛けない人が多いです。

榊原:日本の足元の成長率は1%前後。これも問題ない数字です。成長率を上げるためにはモノを作り、モノを買う必要があります。しかし、日本人にはこれ以上買うものがないのではないでしょうか。若い人たちが住宅を購入するかもしれませんが、人口構造を見れば、そのピークは過ぎています。無理やり成長率を上げようとすればバブルを起こしかねません。バブルはいつか破裂するものです。

 成熟期に入った日本は、経済成長よりも健康や環境に興味を向けるべきです。各地でマラソン大会などが開かれるようになりました。ジムなども盛況です。私も週に3度は通っています。日本は雨量が多く、川は急流なので水が澄んでいる。だから清流でアユ釣りやイワナ釣りができます。森林率は67%で、フィンランドやスウェーデンに次ぐ位置にある。こうした暮らしを楽しめばよいのではないでしょうか。

 学生が内向きになったといわれます。留学する学生の数が減っているとネガティブに評価することが多い。しかし、日本社会が快適で、若者がそれに満足している、とポジティブに評価することもできますよね。メディアは悲観的に見がちですが、現状に不満を持つ日本人は多くはありません。

われわれメディアが悲観病にかかっているのでしょうか。

榊原:メディアは体質的に悲観的になりやすいのだと思います。現政権を批判的にとらえようとするから、現状を悲観的に評価することになる。識者と呼ばれる人たちも同様です。

 キーワードは成熟社会をエンジョイする、です。日本の「再生」や「再成長」を求める必要はありません。むしろ成熟の良いところをもっと発信すべきでしょう。私は全然、悲観していません。

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