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「両利きの経営」ができているのは2%未満

日本企業は惰性のような経営をしてきたというのは、デービッド・アトキンソン氏上野千鶴子氏も指摘していました。リーブスさんは、こうした状況から、どのようにしたら抜け出せると考えていますか。

リーブス氏:私は事業戦略と生物学の重なる領域も研究していますが、進化というのは少しずつ常に変化し続けることで成し遂げられるものです。多くの突然変異は失敗するものですが、そうした小さな失敗の中から、生き延び発展する新たな種が誕生するのです。

 そのような視点で企業経営も捉える必要があると思います。スタートアップは95%が失敗すると言われます。そのためスタートアップの経営者たちは常に危機感を抱きながら、キャッシュを生み出すビジネスモデルを見つけようと必死になっています。

 一方、大企業の経営者はどうでしょうか。既存のビジネスモデルでキャッシュを生み出し続けていますから、新しい道を「探索(exploring)」することよりも、既存の事業や知識を「活用(exploiting)」して、キャッシュの生み出し方を改善、最適化していくことを重視しがちです。

 問題は、そうした状況が続くと創業期にあったようなイノベーションを探索する能力が失われることです。一度、探索する能力が失われてしまうと、それを再び取り戻すことが極めて難しい。起業家精神に富む人材を大企業が引きつけることも、安定的なキャッシュフローを生み出すことに責任を負っているシニアマネジメントに危機感を抱かせることも、容易ではありません。その結果、既存の事業を破壊するようなイノベーションを自ら起こせない。まさにイノベーションのジレンマです。

 しかし、イノベーションを起こしていかなければ、大企業はもはや成長できません。そのため私は、経営者には「両利きの経営」を実践するように提唱しています。

 「両利きの経営」とは、既存のビジネスと、自らを再発明するような新しいビジネスを同時に実行することです。私たちの調査では、この両利きの経営を実践できている企業は、わずか2%未満でした。

2%未満ですか。新規事業には、多くの会社が取り組んでいると思いますが。

リーブス氏:具体的に言うと、2%未満というのは、市場の混乱期と安定期を通して業界平均を上回るパフォーマンスを恒常的に達成していた企業の割合です(1960から2011年の米上場企業を分析。株式時価総額の成長率を業界平均と比較。出所:『戦略にこそ「戦略」が必要だ』日本経済新聞出版社)。全く逆の対応が必要な事業環境になっても成長し続けられる企業かどうかは、両利きの経営を実践できているかどうかを測る指標になると考えています。

 両利きの経営を実践できている企業の割合がこれほど少ないのは、両利きの経営に矛盾を内包する難しさがあるからです。既存のビジネスでは、効率や規律を重視し、突然変異を排除する必要があります。一方、新しいビジネスを成功させるには、突然変異を受け入れ、実験し、リスクを取り、効率は二の次に考えなければなりません。

どうしたら、二律背反の2つの戦略を同時にうまく実行できるのでしょうか。

 企業レベルでは、大企業が起業家精神を維持し、既存のビジネスをしながら新しいビジネスを創造できる仕組みを作らなければなりません。経済全体では、ベンチャー、スタートアップを育成する仕組みが必要となります。

 企業ごとの取り組みについて言えば、新しいビジネスを成功させるには、既存のビジネスから分離して別の組織に実行させるのが一般的です。その理由は、新規事業は既存事業を破壊するかもしれないからです。社内の権力構造を考慮しても、分離したほうがいいのは明確です。これまで収益の柱となってきた既存事業を担当している幹部は大きなリソースと権力を持っています。彼らには新規事業に多くのリソースや権限を与えようという動機がありません。放っておけば新規事業は潰され、新たな成長へ向かうチャンスを逸してしまいます。

 ただ、難しさもあります。組織を分け過ぎると、既存組織のリソースをてこに、新規事業を拡大させることもできなくなります。また、新規事業が成長し始めたときに、再統合することも容易ではなくなります。こうした悩みは、日本企業だけのものではなく、世界共通です。

 これまでも、「ポートフォリオ」という考え方がありました。現在のキャッシュの源泉となっている事業と、将来キャッシュを生み出す事業の両方をバランスよく経営するというものです。しかし、それぞれの事業を生半可にやるのでは十分ではありません。例えば売上高5兆円の事業が毎年1000億円規模で縮小していくとしましょう。穴埋めをするには、毎年1000億円規模で成長していく新たな事業を生み出さなければなりません。

 新しいビジネスモデルは、おおよそ6割が失敗すると言われています。つまり、1000億円の減収を穴埋めするのに、1000億円規模の事業に育つ潜在力のあるビジネスモデルを3つ試す必要があります。そのような事業を偶然手にできるほど、世の中は甘くありません。相当な覚悟を持って、リソースを配分していく必要があるのです。