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その闘争の中心に技術があるわけですね。

野口:その通りです。

企業の政府依存が改革を疎外

なぜ、米国はそれほどの危機感を持つことができたのでしょう。日本は危機感を持てていないのに。

野口:米国は90年代からずっと改革を続けています。当時と比べれば様変わりしました。米国経済をリードする企業を見れば明らかです。今はGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・ドット・コム)です。

米国が変わり続けてこられたのは、移民を受け入れ、多様性を大事にしてきたからですか。

野口:それもあるでしょう。それに加えて大事なのは、市場が自律的に競争を促したことです。政府が主導して改革を実現したのではありません。

ということは、日本では市場の機能が働いていなかった。

野口:そういう面はあると思います。日本の場合、企業が政府に強く依存しているのです。

政府依存というのは、日本企業の根幹にあって簡単には拭い去れないものなのでしょうか。

野口:そんなことはありません。高度成長期には、日本の製造業は政府に依存してはいなかったのです。特定産業振興臨時措置法(特振法)案を巡る経緯は、日本企業が自分の足で立っていたことを示す好例です。

 1960年代に入り経済力を強めた日本は、経済協力開発機構(OECD)から資本取引の自由化を求められました。具体的には、海外企業による日本での子会社設立や株式取得に対する規制をなくすことです。これに対応すべく当時の通商産業省が1963年に特振法案を国会に提出しました。鉄鋼、自動車、石油化学などの基幹産業において、企業の合併や再編、投資調整を行う。その見返りとして、金融と税制において優遇を与える、という内容です。

 石坂泰三氏が率いる当時の経団連は「官僚統制」だとしてこれに強く反対し、廃案にしてしまいました。自動車産業ではトヨタ自動車と日産自動車を中心に再編する構想でした。この法律が成立していたら、ホンダは存在していなかったかもしれません。

日本の製造業が政府に依存するようになった引き金は何だったのでしょう。

野口:1つは、バブル経済が崩壊した後、90年代に体力を失ったことがあります。円安を求める声が高まり、2000年代初めに政府と日本銀行が大規模な介入を実施し、円安に誘導しました。もう1つは2008年のリーマンショックです。翌2009年に実施された、家電エコポイントによる地上デジタル対応テレビへの買い替え振興は記憶に新しいところです。そして現在も、半導体や液晶分野で政府が主導する企業の合従連衡が見られますよね。

日本が“焼け野原”を疑似体験し、大学の改革ができたとして、新たなイノベーションを生み出す力を身に付けるまでにどれくらいの時間がかかるでしょうか。

野口:20年はかかるでしょうか。

2010年代に生まれた子供たちが大学に入り始めるのが2030年ごろ。2040年までの残り時間はおよそ10年です。

野口:早くて、そのペースですね。だから、2040年までになんとか間に合うかどうか。

 野口さんは、日本の大学も最低でも20世紀型に移行しなければならない、と主張します。インタビューの中ほどで次のように話しました。

 「日本の大学は、依然として19世紀のレベルにとどまっています。農学部が学生数や教授数、予算などで見て全体の1割を占めているのがその象徴です。これに対して中国の大学は既に21世紀型になっています。『20世紀型』はものづくりの製造業に重点を置くもの。『21世紀型』はコンピューターサイエンス、中でも『ABC』ですね。『人工知能(AI)』に『ブロックチェーン(Blockchain)』、そして『クラウド(Cloud)』に力を入れる。米国の著名な雑誌が作成したランキングでは、中国の清華大学がこうした分野のトップになっています」

 そこで、皆さんにお聞きします。

 日本が再び成長するために、大学をどう変えるべきだと思いますか。

 野口さんの主張への感想と共に、皆さんの考えをお寄せください。

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