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米国の大学が中国人の優秀な人材を生み出した皮肉

中国の大学や企業の改革は、偶然に起こったのでしょうか。それとも、戦略的に実施したものだったのでしょうか。

野口:国営企業の改革は意図して進めたものです。これが改革開放です。一方、大学の変化は意図せず起きたのかもしれません。紅衛兵がめちゃくちゃにしてしまったわけですから。

 大学の変化を促したドライバーの1つに、優秀な人材もあります。私は2004年に米国に渡り、米スタンフォード大学で教壇に立ちました。このときに痛感しました。ある中国人学生が就職のための推薦状を書いてほしいと依頼してきたのです。私が書いて渡したところ、彼女は「すみませんが、少し手を入れてもよいですか」という。彼女が手を入れた推薦状は、内容的にも英語力の点でも素晴らしいものでした。「推薦状とはこう書くのか」と思うほど。彼女は人格的にも優れていたのが印象的でした。あのような学生が今の中国を動かしている。恐ろしいことです。

それ故でしょうか。中国政府はこうした留学生の帰国を促すべく高給の職を用意するなどしましたね。

野口:それでも、かなりの留学生が米国に残ったのではないでしょうか。そして、残った人々がIT革命をけん引したのです。当時は「IC」と表現されました。「集積回路(Integrated Circuit)」ではありません。「インド人と中国人(Indian and Chinese)」です。そして中国に帰国した人々は大学を活性化し、民間企業を成長させた。

皮肉な話ですが、米国の大学が優秀だから中国が成長した。

野口:そういうことです。トランプ大統領は「中国が米国から知的財産を盗んだ」と主張します。しかし、中国から訪れた学生に米国の大学が教えてあげたものも大きいのです。

米国の大学は、なぜそれほど優れているのでしょう。

野口:やはり競争原理が働いているからだと思います。ただし、これは米国に限った話ではありません。英国の大学でも同様です。

“焼け野原”の疑似体験は可能か?

日本で大学改革を進めるためにはどうすればよいですか。

野口:冒頭にお話ししたように、危機感を持つことから始まります。寝ている暇はありません。一度駄目になってしまえば、危機感は持てます。第2次世界大戦後の日本がまさにそうでした。

やはり、第2次大戦や文革のような大きな痛手を受けないと、成長は望めないということでしょうか。

野口:ポイントは古いものが一掃されることです。

古いものを一掃する。大変なことですね。

野口:難しいです。ですから可能なのは、“焼け野原”的な危機を疑似体験することでしょう。

危機を疑似体験し、改めて成長した国は、世界史の中にあるでしょうか。例えば、サッチャー政権が80年代、新自由主義をてこに英経済を立て直しました。英国は長い間、英国病に苦しんでいた。

野口:それは近いかもしれないですね。ただし、英国はもともと、新自由主義的な要素を持っていました。戦後に労働組合が強くなり、国有企業が強くなったことの方がイレギュラーな状態だったと考えられます。従って、サッチャー時代は、元に戻ったと言えるのでしょう。

 スプートニクショックの時の米国は、“焼け野原”を疑似体験したのに近かったと解釈できなくもありません。ソ連が人工衛星の打ち上げに成功したのを受け、その後の技術革新に本気で取り組みました。米国は、80年代には日本の自動車産業に脅威を覚えました。でも、日本の脅威は一過性で終わってしまいましたね。

 その米国が今、日本よりも先に危機感を抱き、中国をたたき潰すことに必死になり始めました。2060年くらいになったら、豊かさにおいて、米国でさえ中国に抜かれる可能性が生じているからです。

 トランプ米大統領が仕掛けた貿易戦争について私は見方を改めました。日経ビジネスで「支離滅裂のトランプ経済学」を連載した2019年の年初には、米国による愚かな行為と見ていました。しかし、今は米国の覇権をかけた闘争だと考えます。