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オートメーションに関する1956年(昭和31年)6月13日の読売新聞の記事など(写真:的野弘路)

楠木氏:オートメーション、つまり機械によって、いよいよホワイトカラーの雇用が脅かされるというメッセージです。日経ビジネスのマイコンに関する記事や、昨今のAI脅威論の源流にあるような話です。

杉浦氏:オートメーションを推進したのは当時の安藤豊禄社長でした。当時の記事を読むと、生産技術などの革新と比べて事務の合理化が進んでいないという強い問題意識を持っていたようで、米IBMからコンピューターを購入してオートメーションにまい進した様子が浮かび上がってきます。当時、コンピューターを理解できる人材が国内に少なかったことから、人材を自社で育成するほどの力の入れようでした。

 なお、安藤氏はコンピューターの利用について先進的な考えを持っており、戦前の1930年代に当時最先端の計算機の導入を検討するなど、計算機やコンピューターに詳しい稀有(けう)な経営者でした。1950年代の小野田セメントは「三白景気」という好景気に沸き、業績が好調だったため、多額の投資が必要なコンピューターの導入に踏み切ります。

 しかし、結果的にオートメーションは競争を有利に進める「飛び道具」にはなりませんでした。経済誌「財界」の1963年9月15日号には、次のような安藤社長のインタビュー発言が掲載されています。

 「財界」の記者が「終戦後、IBMの機械を一番早く取り入れたのは小野田セメントでしたね」「しかし、あれだけの巨額を投じて、業績にプラスになっていますか?」と質問したのに対し、安藤社長は「二、三十億円いれたわけです。それがどれだけ業績に寄与したかと言われても一寸困るけど(笑)」と歯切れ悪く答えています。

 実際にはコンピューターの能力を持て余していたようで、当時、黒四ダムの設計のために膨大な量の計算をする必要があった関西電力にIBMのマシンを貸し出したこともあったようです。結局、1965年に小野田セメントが最終赤字に転落した際に、コンピューターを小型のものに切り替え、自社で育成したコンピューター人材の一部は他社に転職したそうです。一部では、最終赤字転落の際に、過度なコンピューター投資が一因だったのではないかとささやかれていました。

 その後、1960年代を通じてオートメーションブームは徐々に沈静化していきます。ブームの絶頂期には、「コンピューターが経営の意思決定をする」とまでいわれましたが、結局、計算しかできなかったということで、コンピューターに対する過度な期待をしなくなっていきます。日経ビジネス(1971年9月20日号)は、「コンピューターは、いわば"落ちた偶像”ともいえる。企業経営のなかでも『コンピューターは期待した効果をあげているのか』という漠然とした疑問が広がっている」と、当時の状況をリポートしています。そして、オートメーションというブームは忘れ去られていったのです。

楠木氏(左)と杉浦氏(右)は同時代性の罠を記事から読み解こうとしている(写真:的野弘路)

「同時代性の罠」にとらわれない思考訓練を積もう

楠木氏:興味深いのが、オートメーションブームで新しい技術に過剰な期待をしてはダメだということを多くの経営者は経験したはずなのに、先ほどの日経ビジネスの記事のように、1970年代の後半になると、今度は「マイコン」という形で似たようなブームが巻き起こっていることです。「いつか来た道トラップ」も見え隠れしている。その後も、インターネット、IoT、AIなど、相似形でビジネスパーソンが飛び道具トラップにはまっています。

小野田セメントのケースで言うと、オートメーションブームに乗っかったことが、赤字の原因とまでは言えないのではないでしょうか。市場での競争など外部環境の変化のほうが、経営により大きなインパクトを与えた可能性もあります。

楠木氏:それはその通りです。ただ、ここで僕たちが学ぶべきことは、小野田セメントが当時、なぜ赤字に陥ったのか、ということではありません。当時、メディアを含め世の中で語られていた「コンピューターが意思決定をする」といった言説通りにはならなかったということです。自社の強みは何か、それが自分たちの商売に本当のところどのようなインパクトを持つのかといった本来の戦略ストーリーをなおざりにして、オートメーションという飛び道具に過剰な期待をかけて飛びついている。この背景に、どのような言説とそれに対する反応メカニズムがあったのかに思考をめぐらすことに意味があるのです。

 無駄をなくしたい、固定費を小さくしたい、もっと速く正確に事務作業を進めたい、といった効率化の経営課題は、いつの時代も変わりません。そうした経営課題を、オートメーションといった飛び道具が出てきたときに、それがすべて解決してくれると期待してしまうのはなぜか。一言で経営の怠慢と切り捨ててしまうのではなく、「同時代性の罠」にとらわれないような思考訓練を積むことが大切なのです。

 コンピューターもインターネットも、今となれば誰もが普通に使っています。つまりは「非競争領域」です。時代に乗り遅れないようにいち早く導入しても、すぐにそれを導入していること自体は競争力になりません。

 冒頭の方でお話ししたアドビの事例でも説明した通り、そもそも、その企業にとって競争優位性をもたらしている戦略のコアが何なのかを見極めたうえで、新しい技術やビジネスモデルをどのように取り入れていくのかを判断しないと、システムやサービスを販売するIT企業やビジネスメディアの口車に乗せられて、トラップにはまってしまうわけです。

 最近では、AIを活用しなければ時代の潮流に乗り遅れると危機感を抱いている経営者も多いと思います。高価なシステムを導入したり、いわゆる「AI人材」を増やすために新卒社員に何千万円も支払ったり。そういう判断が、飛び道具トラップにはまっていないかと自問自答するためにも、逆タイムマシンに乗って過去の記事を読むことは大変意義のあることだと思います。

 逆タイムマシンに乗ることは、「新しいビジネス教養を獲得する作法」です。僕はかねがね「新聞雑誌は10年寝かせて読め。そのほうがよっぽど勉強になる」と言っているのですが、過去の記事を見直し、知的トレーニングのツールとして活用すべきだと思います。「情報」や「知識」「スキル」「トレンド」ではなく、自らの価値基準を醸成するための「教養」を、日常繰り返す思考と行動の型・ルーティン=「作法」によって、ビジネスパーソン一人ひとりが獲得すれば、日本の競争力の底上げにつながると、杉浦さんと僕は信じています。

 楠木さんと杉浦さんは、過去の経営判断がその時代のトレンドや風潮の中でどのように下されたかを、「逆タイムマシン」に乗るかのように昔の記事で振り返り、検証することが、経営判断を狂わす様々な言説=トラップを避ける教養を培うことにつながると主張します。

 2人は、「飛び道具」「激動期」「ランキング」「遠近歪曲」「メトロノーム」「いつか来た道」という6つのトラップを挙げています。

 そこで、皆さんにもお聞きします。

 経営判断を狂わすのは、どのようなトラップだと思いますか

 楠木さんと杉浦さんの主張への感想とともに、皆さんの考えをお寄せください。

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