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膨大な過去の記事などから企業の「社史」を研究している杉浦泰氏(写真:的野弘路)

過去の記事から「飛び道具トラップ」を学ぶ

杉浦氏:まずは、分かりやすい「飛び道具トラップ」を例にご説明します。最近ではAIやIoTが飛び道具トラップになっていますが、過去を振り返れば大きな技術革新が起きるたびに似たような言説が繰り返されてきました。

 その1つが「マイコン」に関する言説です。マイコンとは「マイクロコンピューター」の略称で、米インテルが1971年に世界初のマイクロプロセッサー「i4004」、74年により実用的な「i8080」を発表したことで一大ブームが巻き起こります。後に、i8080は世界初のパーソナルコンピューター「Altair8800」に組み込まれ、1970年後半からパソコンという大市場を生み出すきっかけになりました。当時の日本ではオフィスオートメーション(OA)やファクトリーオートメーション(FA)など、企業における業務の自動化をマイコンが加速するという文脈で注目を集めました。

 国立国会図書館デジタルコレクションで、「マイコン」というキーワードが見出しに使われている書籍・雑誌記事の数を調べてみました(2019年8月1日時点)。i8080の発売直後の1975年はわずか3件のみでしたが、その後は毎年徐々に増え続け、1983年の475件でピークに達します。つまり、マイコンブームのピークが1983年ごろだったことが分かります。ブームの全盛期には、猫も杓子(しゃくし)も「マイコン」の可能性に注目し、「マイコンがビジネス社会を大きく変える」といったような言説も生まれました。

実際にはどんな記事が出ていましたか。

杉浦氏:例えば日経ビジネスは1983年4月5日号で、こんな特集記事を掲載しています。タイトルは『迫り来るロボットショック 息子たちに仕事はあるか』。この特集には次のように書かれています。

日経ビジネス1983年4月5日号特集『迫り来るロボットショック 息子たちに仕事はあるか』

 「現在のロボットはまだ、溶接や塗装などに適用分野が限られているし、知能レベルがだいぶ劣る。現在、経営者が関心を強めているのは、組み立て作業など、もっと複雑で、省力効果の大きい分野のロボット化だ」

 「こうした作業を満足にこなせるのは、知的機能を備え自分である程度判断できる、知能ロボットである。すでに初歩的なものが登場し始めている。では、実用化はいつか。松下通信工業の唐津一常務は、『知能ロボットの技術は5、6年で完成し、生産システムに大きな革命が起こるだろう』と予測する」

 「OA機器もかなりのテンポで進歩しそうだ。外国語と日本語の翻訳も、輸出文書のような定型化したものならば、5年程度で自動化できると、日本電気などは予言する。キーをたたかなくとも、話を聞きとる音声入力が事務機で実用化されるのも、『早ければ5年以内』(東京芝浦電気)という。技術的には、意外な早さでロボットショックがやってくる。次世代、すなわち息子たちは、完全にその渦中にあるだろう」

「ロボット」を「AI」に置き換えて読めば、まるで今のAIに関する記事のようです。

楠木氏:そうですね。本件は「飛び道具トラップ」と「激動期トラップ」の合わせ技になっている面があります。

杉浦氏:「飛び道具トラップ」というのは、これを使えば絶対に経営がよくなる、といったITツールやベストプラクティスに飛びついてしまうトラップなので、今のAIも1983年のマイコンブームも、基本的には文脈は同じです。

 さらに遡ると、1950年代には「オートメーション(自動化)」がブームになりました。きっかけは1947~48年に米国のベル研究所がゲルマニウムを使ったトランジスタを発明し、真空管ではなく半導体を使ったコンピューターに道が開けたことです。その後、半導体を利用した様々な製品が開発されるようになり、多くの人がいよいよオートメーションの時代が到来したと高揚したわけです。

 先ほどと同じように国立国会図書館で「オートメーション」をキーワードに検索すると、1957年がヒットする記事が最も多く、ブームのピークだったことが分かります。日経ビジネスは創刊前ですから、他の雑誌や新聞の記事を振り返ってみると、オートメーションという飛び道具トラップに翻弄された企業が浮かび上がってきます。その1社が、小野田セメント(現・太平洋セメント)です。

 当時、ソニーの従業員数が500人ほどであったのに対し、小野田セメントは4000人ほどでした。業績が好調な日本を代表する大企業が事務の仕事を自動化しようと先陣を切ったため、大きな注目を集めました。例えば、1956年6月13日の読売新聞の朝刊は、「オートメーション 初の定員削減」というタイトルで、小野田セメントが工場の自動化ではなく事務の自動化に乗り出したことを報じています。

 具体的な自動化の内容は、給料計算、配当計算など、大量の計算が必要とされる事務作業で、読売新聞は小野田セメントが機械の導入によって計算に必要な人員の数を削減できたことを紹介しました。そして、自動化で生じた余剰人員について、小野田セメントは子会社などへの配置転換で解決することを決めます。