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シリーズ企画「目覚めるニッポン 再成長へ、この一手」。今回の提言は一橋大学大学院の楠木建教授と、社史研究家の杉浦泰氏。両氏は、技術革新への対応など過去の経営判断を「逆タイムマシン」に乗って振り返ることが、判断を惑わす様々な罠(わな=トラップ)を避けて正しい意思決定をするための価値基準を養うことにつながると主張します。罠の典型例が、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)といったバズワード(定義があいまいな専門用語)に飛びついて過剰な期待をしてしまうという「飛び道具トラップ」。こうしたトラップが存在することを認識して判断を下していける教養が、ビジネスパーソンには欠かせないと言います。

楠木氏と杉浦氏の「逆タイムマシン経営論」に、皆さんのご意見をお寄せください。

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楠木建・一橋大学大学院 経営管理研究科 国際企業戦略専攻 教授(写真:的野弘路)

楠木建氏(一橋大学大学院教授、以下、楠木氏):この年(54歳)になって思うのですが、いつの時代も若者とオッサンの対立というか、「オッサンはダメだ」といった風潮がありますよね。成功体験にしがみついているとか、時代に取り残されているとか。確かにそういう面もあります。しかし、絶対に若者が持っていなくてオッサンが持っているものがあります。それが「過去」です。別の言い方をすれば、若者はオッサンになったことがなく、過去を肌感覚で知りません。オッサンは一人残らずかつては若者でした。しかし、オッサンになったことがある若者はいません。オッサンに固有の強みは、思考に時間的な奥行きがあることです。

 「日経ビジネス」も50周年を迎えるということは、いい感じのオッサンになったということです。オッサンの強みをもっと生かすべきです。それはすなわち、過去の記事の蓄積、アーカイブです。杉浦さんと僕は、日本企業が活力を取り戻すための一手として、この過去の記事を活用した「逆タイムマシン経営」という新しい戦略思考の方法を提言します。「逆タイムマシン経営」はこれまでになかった知的トレーニングになり得るというのが、我々の見解です。

「タイムマシン経営」というと、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長が有名でした。日本より「未来」に進んでいるシリコンバレーのビジネスモデルを、日本に持ってくるというものです。ここでいう「逆タイムマシン経営」というのは、その逆ということですか。

楠木氏:その通りです。孫さんのタイムマシン経営は、いわばシリコンバレーという未来に行って技術やビジネスモデルを先取りし、それよりも遅れている国や地域でそれを生かす、いわばアービトラージ(さや取り)するというものです。これに対し僕たちが提案するのは過去、それも明治や大正、江戸時代といった遠い歴史ではなく、主に戦後、高度成長期くらいから10年ほど前までの“近過去”に戻って、そこで語られていた言説と人々の反応を知ることで、経営の本質を見抜くセンスを養い、将来に向けて有効なアクションを取れるようになるのではないか、という発想です。要するに「バック・トゥ・ザ・フューチャー」です。

杉浦泰氏(社史研究家、以下、杉浦氏):普通の人にとって、古新聞や古雑誌は無価値なコンテンツですが、私は逆に数十年前の古びた記事を読むことが大好きで、昔のメディア記事を通じて、企業を長期的に分析することを続けてきました。そうすると、今、繰り出されるメディアの様々な言説に対して「そういえば、30年前にも似たような言説があったな……」という嗅覚が働くようになり、少し違った目線で今の言説を捉えるようになります。

楠木氏:杉浦さんと僕は、ビジネスの意思決定を狂わす最大の要因に、「同時代性の罠(わな=トラップ)」があると考えています。技術革新を例に説明すると、最近はAI(人工知能)とかオープンイノベーションとか5Gとか、そういったバズワードが広がっていますよね。いつの時代も変わりません。ビジネス社会ではその時々にバズワードが飛び交う。これがビジネスパーソンの思考や判断に強い先入観(バイアス)をもたらします。AIもオープンイノベーションも、それ自体はとても重要ですが、メディアが一斉に取り上げるような言説には必ずノイズ、つまり、その時代特有のステレオタイプ的な思考様式が入り込んできます。そこに同時代性の罠が潜んでいます。せっかく情報を取り込むのなら、そうしたノイズやバイアスを取り除いて、本当の意味で有効なアクションにつなげる知見やセンスを読み取るべきです。

 日経ビジネスが創刊されてから50年がたつ今は、以前にも増して同時代性の罠がより強く働く世の中になっています。人々の情報受容の仕方はスマートフォンという限られた画面が中心となり、ますますキャッチーで、刺激的で、短い文章、極端に言えばワンフレーズで物事が語られるようになっています。人目を引くようなバズワードが、とりわけ誇張されるようになってきているのです。

 もちろん、メディアもビジネスですから、読者を獲得しなければなりません。記事が読者をそそるものになっている必要がある。キャッチ―な見出しや切り口を前面に押し出すのは自然な成り行きです。それを批判しようとしているわけでは決してありません。

こうした同時代性の罠は、多かれ少なかれ昔からありますが、スマホ時代だからこそ、情報の受け手側は罠にはまることなく、断片的な情報なり知識を自分のビジネスの文脈に適切に位置付けて理解するセンスを磨くべきだと思います。