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 保阪正康氏は昭和史研究の第一人者。昭和の戦争に関わった4000人に及ぶ人々から証言を得て、この戦争がなぜ起きたのかについて考え続けてきた。天皇制についての見識も深い。上皇・上皇后両陛下との私的懇談に招かれ対話した経験を持つほか、上皇陛下の生前退位を議論する「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」でも専門家として意見を述べた。

 保阪氏は、「国際社会でグローバル化が進んでいる。この環境下で、ナショナリズムはどうあるべきかを改めて理解して、諸外国との関係を築いていかなければならない。相手の国にもナショナリズムが存在する。お互いのナショナリズムを尊重しつつ、共存していくのが日本の取るべき道だ」と説く。

 保阪氏は2つの懸念を抱いている。1つは、普通の人々が抱く草の根のナショナリズムがゆがんだナショナリズムに圧迫されること。「時に、草の根の人々が抱くナショナリズムは、国が持つナショナリズムとゆがんだナショナリズムに上と下から押さえつけられ、力を失ってしまう。これが戦争につながりかねない」

 もう1つは、孤立した人々が、自身と国家を自己同一視する事態だ。孤立した人たちは「国家が他国に批判されると、自分が批判されたと認識して腹を立てる」傾向がある。

 果たして今、こうした事態が進んではいまいか。

 保阪氏の視点を踏まえ、皆さんのご意見を募集します。

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保阪正康 (ほさか・まさやす)
ノンフィクション作家、現代史研究家。 1939年生まれ。同志社大学卒業。1972年に作家デビュー。2017年に『ナショナリズムの昭和』で和辻哲郎文化賞を受賞。主な著書に『あの戦争は何だったのか』『平成史』『定本 後藤田正晴~異色官僚政治家の軌跡』など。(写真:加藤康、以下同)

昭和史研究の第一人者である保阪さんの目から見て、平成が終わり令和に入った日本が今、再び成長するために取り組むべき課題は何でしょう。

保阪:ナショナリズムについて改めて考えるべきだと思います。私たちは戦後これまで、ナショナリズムから逃げてきました。「ナショナリズム」という言葉を忌み嫌ってきた。昭和10年代に日本を席巻した皇国史観に基づくナショナリズムが極めて異様で、「ナショナリズム=昭和10年代のナショナリズム」という構図が頭を離れなかったからです。しかし、逃げてはなりません。「私たちのナショナリズムは何か」を考えるべきなのです。

 国際社会でグローバル化が進んでいます。この環境下で、ナショナリズムはどうあるべきかを理解して、諸外国との関係を築いていかなければなりません。相手の国にもナショナリズムが存在します。お互いのナショナリズムを尊重しつつ、共存していくのが日本の取るべき道です。

 私は、ナショナリズムは「上部」と「下部」からなる二重構造になっていると整理しています。下部構造はともに暮らす家族、生まれ育った土地、それを囲む自然、これらに支えられた生活への思いです。人が生きていくにあたって原点をなすもの。このナショナリズムは捨てられるものではありません。誰も、生まれ育った土地には思いがありますから。

 一方、上部構造は、権力の側にいる人たちが抱くナショナリズムです。キーワードは「国益」「国権」「国威」。権力者は、下部構造をなすナショナリズムを吸収しつつ、そして、他国のナショナリズムとのバランスを取りつつ、この3つを守り、高めていかなければなりません。

 日本は昭和10年代から、軍事主導の国家主義的なナショナリズムの下で、国益の守護、国権の伸長、国威の発揚を推し進めました。この上部構造が専行し、下部構造を壊してしまったのです。先の大戦で起きた特攻や玉砕はその一例です。「補給は現地調達せよ」と公言し兵たんを軽視しました。いずれも兵士を人として遇さず、命の重さを理解しない狂気の沙汰でした(関連記事「飢餓、自殺強要、私的制裁--戦闘どころではなかった旧日本軍」)。現代の為政者は、この時とは異なるナショナリズムの下で「国益」「国権」「国威」を守り、高めていかなければなりません。