「『腹落ち』しないと動けない」の矛盾

篠田:概念的にはよく分かります。「個」としてもそんな環境はうれしいなと思う一方で、例えば私が会社の財務部門を任されたとき、みんなの好きばかり聞いていたらバランスが悪くならないかと不安になります。
経理好きばかりが集まって決算好きな人がいないとか、会社の目標は成長志向なのに、安定を好む人ばかりだったとか。その場合はどうすればいいんですか。
中竹:多分、篠田さんの中には、「部下の意見を聞くと、上司は応えないといけない」というバイアスがあると思うんです。ただ私は根本的に、みんなの好き嫌いを聞くけれど、それに従うつもりはありませんという前提です(笑)。
というのは、私の経験でも「こんなことは意味がないよな」と思ってイヤイヤやったことでも、気づくとすごく力になったことがたくさんあるんです。走る練習はムダでイヤだと思っていたけれど、続けていると耐久力が付いてもっと強くなる。「自分の判断だけでは絶対に到達できなかったな」ということもあるはずです。
そう考えたとき、すべての好き嫌いを聞くかというとそういうわけではありません。好き嫌いを聞くのは「あなたがあなたであることをどうしていくか」という話ではあるけれど、組織として何を目指すかは、また別の話ですから。
最近の若い世代はよく「腹落ちしないと分かりません」って言いますよね。これはすごく危険だと思うんです。「腹落ちする」というのはそもそも知識があって、理屈が分かるから、腹落ちできるんです。知識も経験もない人間が、「腹落ちしてから頑張る」というのは無理に決まっています。
だからこそ、すべきことは問答無用でやらないといけない。経験者が「これは絶対やった方がいいよ」ということはとにかくやってみる。これは好き嫌いとは明確に違います。
佐宗:同じテーマでよく感じるのが、「好き」と「困っていること」の2つが共有されると人はある程度、空気を読んで動く気がしています。
僕の会社では基本的に売上高や利益をできるだけ公開しています。同時に課題も、毎週何が起こっているかを共有しているんです。定期的に「好き・嫌い」や「自分にとって栄養源を奪われるものと得られるものは何か」という情報も共有しています。
すべきことや戦略はあまり決めず、臨機応変に仕事を任せていますが、ある程度相互理解が進むと、みんなが空気を読むようになるんです。全体を見て「ここは誰もやっていないから」と自然に動き始める人が現れる。会社として何をするのかという話だけでなく、その背景や社長が困っていることまで共有されると、違う世界が見えてくるんだと思います。
根深い“私は何に向いていますか病”
篠田:佐宗さんがおっしゃるような環境に置かれた人は、多分、余計な先入観を持たず、チームの中で自分に何ができるのかを考えたり、得意な課題を知っていたりして動くんでしょうね。
それとは逆に、私がいまいちだと思うのは“私は何に向いていますか病”です。中高生ぐらいから、学校のカリキュラムで「自分のパッションを見つけよう」とやっているんです。心理テストを受けて「あなたはこれに向いています」とティーンエージャーからやっている。
大学生とか若いうちから具体的な職業に結び付くパッションが見つかる人は幸運かもしれません。でもそうじゃない人だってとても多い。そんな若い人に会うと、自分の情熱を向ける先が見つからないことに悩んでいたり、自分は何に向いているのかといろいろな本を読んだり、勉強したりしています。
ただ、私から見るとそれって「私はどんな顔をしていますか」と人に聞かず、自分のおへそをずっと見つめているような印象です。それでは分かるはずがありません。
それよりも具体的な環境の中で経験を積みながら、好きな仕事が見つかればいいでしょうし、見つからなくてもいいんです。相対的に人より得意だったらお金は稼げる。それは働いて初めて見えるものです。それなのに、労働経験のない学生に、好きな仕事を見つけなさいと強要するのはどうかと思います。
中竹:私も小学生の頃から、「夢を持て」という文脈に反対していたんです。
篠田:ラグビーが得意な男の子なら、周りの大人は「全日本代表になりたい」くらい書けよと言われそうですよね。
中竹:そんな気持ちはさらさらなかったんです。今でもそうで、やりたいことはありません。小学校の頃からやりたいことがないとか、「分からない」と堂々と言える世の中じゃないとダメだとか、すごく冷めていた(笑)。大人が喜ぶようなことはうさんくさいと本気で思っていたんです。
篠田:ミシェル・オバマさんの回顧録の割と早いところでそれが書いてあるんです。よく大人は小さい子供に、「大きくなったら何になりたい」と聞きますよね。ミシェルさんも小さい頃は小児科のお医者さんになりたいと答えていたそうです。それが大人に受けると分かっていたから、本気かどうかは別にして、そう答えていた。
だけど結局、子供の頃には想像もしなかった弁護士になり、病院の副院長にもなり、果てはファーストレディーになった。そんなものは子供の頃に聞かれても絶対に答えなかっただろうし、いくつもの全く異なる役割を経験してきたので、質問そのものがナンセンスだ、とおっしゃっている。「もっと言って」と思いました。
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