農業も大量生産で疲弊している

 次は農業のケースです。人間は農業を発明してから、世界のすべてを階層化していきました。神が世界を作り、私たち人間は、神の次に偉い存在となりました。そんな人間が、動物や大地に対して、自分たちの意思を押しつけるのは当然のことで、好きにやっていい。そう判断し、人間は森林を大量に伐採し、耕し、そして自分たちの作りたいものを育ててきました。

 産業革命後のステージでは、農作物を育む土壌でさえ機械的な存在になっていきます。生産性を上げるには、土壌に化学肥料を与え、害虫を避けるために殺虫剤を散布する。牛や豚、鶏といった家畜でさえ、私たちの目的に合うように最適化し、1頭からたくさんの肉が取れるように太らせていきました。もはや食用の鶏などは太らせ過ぎた結果、2本足で歩けないものもあると聞きます。それくらい、生産性を追求していったのです。

 確かに短期的な観点では、産業革命後のテクノロジーを駆使することで、今までよりも少ないインプットで、より多くの畜産物や農産物を得られるようになったと思うかもしれません。生産性は飛躍的に向上したように見えます。

 けれど実際には今、世界各地で農耕に使える土地の質が、年々低下しているそうです。土壌が弱り、生産性が落ちてきている。それを避けるためにもっと肥料を入れ、収穫量をキープするために品種改良や遺伝子改良を続けている。工場で機械を製造するように、食べ物を作っているわけです。

 けれど今、ここにも新しいモノの見方が生まれています。それが「パーマカルチャー」です(編集注:パーマカルチャーとは、「パーマネント(永続性)」と「アグリカルチャー(農業)」「文化(カルチャー)」を組み合わせた言葉。恒久的に持続可能な環境を生み出すデザイン体系のこと)。

 パーマカルチャーでは土壌を非常に複雑な生態系として見ます。虫や微生物、植物の根っこなどのあらゆるものがつながり、循環して生きている。そして人間に友達がいるように、植物にも友達がいて、仲のいい植物を一緒に植えると互いに助け合ってよく育つという相互システムが出来上がるんです。土もより豊かになって、二酸化炭素をより吸収し、農薬を使わなくても昆虫が寄りつかなくなる。まさにメリットばかりです。

 ただ機械的なモノの見方をしている中で、パーマカルチャーのような話を聞くと、「どうやってトラクターを使うんですか」「効率的に収穫できないじゃないですか」などと思ってしまいます。極めて生産性が悪いと感じるんですね。

 私も最初にパーマカルチャーの様子を見たとき、「これはここではいいかもしれないけれど、世界のすべての農業がこれに置き換わるのは難しいだろうな」と思いました。私の中にも機械的なモノの見方がまだ根強くあるんですね。

肥満で死ぬのか、孤独で死ぬのか

 医学もそうです。産業革命後の世界では、人体でさえ、機械のように考えられてきました。私たちは自分の健康状態を知るために、いろいろな数値を測定します。そして健康ではない部分に対しては、欠けている化学物質を薬などで補います。あるインプットをすれば、人体という機械で何かが作動して、正しい出力がされていく。

 けれど今、出現しているのは、人間の体は機械ではなく、より複雑な生命体であるという考え方です。また人間は独立した存在ではなく、人間関係などの環境や幸・不幸といった感情など、さまざまなものに影響を受けるものだとも考えられるようになりました。

 これまでの世界であれば、「最も人間を殺しているものは肥満と心臓病、心臓血管病である」と考えられてきました。けれど新しい世界では、人間を最も殺すのは孤独や寂しさだとされています。同じ人間について言葉でも、ここまで違っているのです。

 人間を「人体」として見るか、より複雑なシステムとして見るか。病室で、外に自然の景色が見える窓際のベッドと、自然が見えない廊下側のベッドと、どちらが回復が早いかというと、前者であることは、科学的にも証明されています。けれどこれだって、人間を機械として見るような世界では、説明がつかないはずです。人間を1つの生態系、相互に影響しあう1つの生命あるシステムとして見ることが医学の世界でも新たに生み出されています。

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