「あの業界、今、どうなの?」「競争環境が厳しくなるけれど、今後は大丈夫なの?」――。就活中の大学生やビジネスパーソン、経営者にとって、未知の業界の内情は大きな関心事だ。
連載「入山章栄・安田洋祐の業界未来図鑑」では、経営学者の入山章栄氏と経済学者の安田洋祐氏が、それぞれの業界の関係者や業界をよく知るゲストを招き、都合のいい話も都合の悪い話も、ざっくばらんに議論し尽くす。読者からのコメントも積極的に取り入れ、業界を深掘りしていく。テキストによる記事に加えて、音声でも情報を提供。現場で繰り広げられる熱のこもった議論をリアルに味わえる仕掛けとする。
第5シリーズ(File 5)では、ゲーム業界を取り上げる。このセッションでは、ゲームの「影」を語り合った。画面上で人を撃ち合うシューティングゲームは、子供に悪影響を及ぼすのではないかと懸念されがちだ。いつでもどこでも遊べるスマートフォンゲームの普及でゲーム依存症になったり、ガチャで課金し過ぎたりするという問題を指摘する声もある。業界ではどのような取り組みをしているのか。政府はゲーム規制を導入すべきなのか。ホスト役の2人がゲストに鋭く斬り込んだ。
(取材・編集=小林佳代)
安田:「入山章栄・安田洋祐の業界未来図鑑」、5つ目の業界としてゲームを取り上げています。2回目のセッションでは、スマートフォンゲームについて深掘りしていきます。前回のお話で、今の日本のゲーム業界は市場規模で言うと全体が1.7兆円、そのうちスマホゲームが1.2兆円に達しているということでした。全体の約3分の2が既にスマホゲームである、と。
入山:びっくりしましたね。
安田:スマホゲームの場合は従来の家庭用ゲームと違って、いつでもどこでもゲームが楽しめるので、「ゲーム浸り」になってしまうとか、特定のアイテム欲しさにたくさん課金をしてしまうとか、一部で問題も指摘されています。そこで今回は、スマホゲームの「影」の部分について、ゲストの方たちに伺っていきたいなと。
入山:僕の息子もゲームが大好きで、めちゃくちゃハマってます。僕はそんなにうるさく言わないのですが、奥さんはやっぱり気にして「いつまでやってるの」と小言を言っている。恐らく、日本中の家庭で同じようなことが起きているでしょう。
安田:まず齊藤さんにお伺いしたいのですが、スマホゲームで長時間遊んでしまったり、依存状態になってしまったりするという実態は明らかになっているのでしょうか。
齊藤昌幸・みずほ銀行産業調査部調査役(以下、齊藤):いや、恐らくそうした問題は、スマホゲームというよりゲーム全体に対して指摘されるものだと思います。
齊藤昌幸(さいとう・まさゆき)
みずほ銀行産業調査部調査役 2010年にみずほ銀行入行。みずほ証券アドバイザリー第六部、みずほ銀行東京法人営業部などを経て、2019年から現職。ゲームのほか、アニメなどのコンテンツ産業や広告などのメディア業界を担当する。(写真:陶山 勉)
安田:なるほど。
齊藤:スマホゲームってカジュアルなゲームが多いんですね。例えば、一度に10時間プレーするというような遊び方はスマホゲームにはあまりないんです。
入山:そうか、没入感があってハマりまくるのはどっちかというと家庭で遊ぶ「据え置き型」だと。スマホゲームの方がライトだから、すぐやめられるということですか。
齊藤:もちろん、アンケートなどを取ると、1週間でかなりの時間をスマホゲームに割いていると回答するユーザーも中にはいます。ただ、依存などの問題でいうと、クオリティーが高くて没入感があるような据え置き型ゲームが中心になるんじゃないかと思います。
中国政府はゲーム規制を導入
入山:読者の方からの質問をご紹介しましょう。大学院生の「北川みなみ」さんから、「中国の18歳未満の子供のゲーム規制をどう思われますか。中国の例は少し極端にも見えますが、同じような流れが日本・欧米市場にも来るのでしょうか?」という質問が来ています。中国は18歳未満の子供にゲーム規制をかけているんですね。
齊藤:はい。夜10時から翌朝8時までオンラインゲームで遊ぶことができませんし、日中プレーできる時間も平日90分、休日3時間までに制限しています。
入山:中国政府がそういう縛りをゲームメーカーにやらせているんですね。
齊藤:そうです。ただ、こうした規制を日本でも導入すべきかというと、これは本当に難しいところですね。ゲーム市場を成長・発展させていくには、1人でも多く、長い時間プレーをしてもらいたい。もちろんそうなれば、昔からいわれていたことですが、お子さんの勉強とか他の生活に悪影響を及ぼしてしまうことになりかねない。
正直、アナリストとして、僕は賛成とも反対とも意見しづらいテーマですね。
安田:バトル系のアプリゲームに関する質問もたくさんいただいています。「KEN.A」さんから、「ニュージーランドの銃乱射事件は、『フォートナイト』に影響されたものだと犯人は語っている。『荒野行動』や『PUBG』などのシューティングゲームが、思考や脳にどう影響をもたらすものか検証もお願いしたい」ときています。
「フォートナイト」や「荒野行動」、ほかにも似たようなゲームが幾つかありますけれど、ゲームの中で人を撃つシューティングゲームの影響について、医学的なエビデンスなどはあるのでしょうか。
齊藤:それに関しては調べたことがないですね。
入山:僕の息子も、一時期「フォートナイト」にはまりました。うちの奥さんみたいにゲームに耐性がない人からすると、ゲームの中とはいえ、息子が目の色を変えて人を撃ちまくっているのを見れば「大丈夫なのか」と怖くなる。金野さんは一人の専門家として、どう見ていますか。
金野徹・バンダイナムコエンターテインメント取締役(以下、金野):そうですね。中国は国として規制していますが、議論の大前提として、やはりペアレンタルコントロールは大切だと思います。
金野 徹(こんの・とおる)
バンダイナムコエンターテインメント取締役NE事業部担当兼NE事業部長 1995年バンダイ入社。バンダイナムコエンターテインメントNE事業部マーケティングディビジョンディビジョンマネージャーなどを経て2018年4月から現職。(写真:陶山 勉)
安田:我が家の任天堂「Switch」も、1時間プレーするとリンリン鳴り出します。
入山:ペアレンタルコントロールをしているんだね。
金野:その上で我々もゲーム業界として、自主規制も含め、適正な年齢の方に適正なコンテンツを提供することに取り組んでいます。
入山:コンソーシアムのようなものを立ち上げてルールを作っているということですか。
金野:そうです。一般社団法人コンピュータエンターテインメント協会(CESA)という組織があります。この組織で未成年を保護するガイドラインやガチャの確率表示に関するガイドラインなどを決め、業界として適切な形でコンテンツを提供するための取り組みを続けています。
入山:例えば「フォートナイト」って海外のベンチャー企業が配信するゲームですよね。そういう新しい企業はその協会には入っていない(※)ですよね。
金野:そうですね。ただ働きかけはしています。(CESAが作成した)一定のルールの下でビジネスをしましょうという話をさせていただいています。保護者の方の理解を得て、適切にコンテンツを提供するということは、やはり我々がやっていかなきゃいけないことだと思っています。
(編集部注※)フォートナイトを制作・配信しているEpic Games社はCESAの会員ではないが、日本の現地法人Epic Games JapanはCESAの会員である。
海外ユーザーは戦闘ゲームが好き?
安田:単純に一人のゲーマーの好奇心からの質問です。今、入山さんが「フォートナイト」は海外のベンチャーが作ったゲームだとおっしゃっていましたけれど、そもそも戦闘物のゲームは、海外のメーカーが開発したものが多い気がします。ゲームに求めるものとか、プレーの仕方などが、日本と海外で違うのではないか、とも感じるんです。齊藤さん、その辺はいかがでしょう。お国柄ってあるものですか。
安田洋祐(やすだ・ようすけ)
大阪大学経済学部准教授
2002年東京大学経済学部卒業。2007年米プリンストン大学で経済学博士号取得(Ph.D.)。政策研究大学院大学助教授を経て2014年4月から現職。専門はゲーム理論。共著書に『改訂版 経済学で出る数学:高校数学からきちんと攻める』(日本評論社)、『日本の難題をかたづけよう』(光文社新書)、編著書に『学校選択制のデザイン ゲーム理論アプローチ』(NTT出版)などがある。(写真:陶山 勉)
齊藤:「フォートナイト」も「荒野行動」も「PUBG」も、ジャンルで言うと、「バトルロワイヤル物」ということになります。一度に100人がネットワークに接続して、その100人で戦い合って、最後の1人になるまで撃ち合うというゲームですよね。もともと、海外ではFPSのゲームがはやっていて……。
入山:FPSってなんですか?
齊藤:First Person Shootingの略になります。
安田:一人称視点のゲームですね。
齊藤:そうです。FPSに対して、ちょっとだけ視点を後ろにずらした、TPSのゲームもあります。Third Person Shootingの略称で、画面上ではプレーヤーの背中が見えるという形になります。この区分けでいうと、海外ではFPSで撃ち合うゲームがはやっていて、最近は「荒野行動」も「PUBG」もそうですが、日本でもユーザーが増えてきています。
安田:海外の方って一人称視点が好きなんですかね。ロールプレイングゲームで言うと、「ウィザードリィ(※)」も一人称視点。「ドラゴンクエスト」は上から俯瞰(ふかん)していますが。
(編集部注※)「ウィザードリィ」=米Sir-Tech社が発売したパソコン用ロールプレイングゲーム(RPG)。RPGの古典的名作とされる。
入山:米国人や中国人はシューティングゲームも好きですよね。米国に留学していたとき、同じ研究室にいた同僚が、夜中、パソコンでバンバン撃ち合っていて「怖いなー」って思った。金野さん、やっぱり日本で売れるものと海外で売れるものは違いますか。
金野:そうですね。スマホ向けアプリケーションでいうと、国によって好まれるジャンルや表現にはバラツキがあります。世界で売れているタイトルのランキングを見ると、ローカルで売れているタイトルの集合体なんですよね。世界中でまんべんなく売れているタイトルというのは少ない。中国の1位、米国の1位、日本の1位がランクインするというランキングになります。
入山:人を撃ち合うようなシューティングゲームを国で規制しようというような話は出てきていないんですか。
齊藤:聞いたことがないですね。もっともゲーム会社も工夫はしていて、殺し合うシーンでは、例えば血の色を変えたりとか、リアルに血がブシューッと飛び散るというのではなく、ポップな感じにするといった対応を取っています。
「スマホゲーム、ぶっちゃけもうかりますか?」
安田:そもそも1.7兆円のゲーム市場のうち、既にスマホゲームが1.2兆円にも上っているということが衝撃だったのですが、スマホゲームはなぜこれだけ急激に市場規模が拡大したのでしょうか? ぶっちゃけもうかるのでしょうか。その辺のところをお聞きしたい。齊藤さん、いかがですか。
齊藤:スマホゲーム市場が大きくなっているのは、「ガチャ」によるものが大きいです。課金することで、一定の確率でレアなキャラクターが出てきたりするというものですね。
安田:僕は、そこがちょっとわからない。前のセッションで僕も「ドラクエウォーク」をやっているという話をしましたけれど……。
入山:安田さん、レベル40を超えているんだから、当然、課金しているでしょう?
安田:いや、僕は「課金したら負け」と思って、無課金で自分がどこまで行けるのかを試しています。
入山:無課金でレベル40を超えてるの?
安田:そうですよ。僕みたいに「1円でも課金したら負け」と思うような人も多いと思うんです。スマホゲームって、ごくごく一部のユーザーから課金してもらうビジネスモデルですよね。それでももうかる構造なんですか。
齊藤:そうですね。アクティブユーザーがいて、課金率、平均課金額がある。これらの掛け算でアプリの売り上げが決まります。
入山:じゃあ、ものすごくコアな人たちがハマって、ガンガン課金していると。それが積もり積もって今、1.2兆円になっているわけですね。
入山章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学ビジネススクール教授
1996年慶応義塾大学経済学部卒業。98年同大学院修了。2008年米ピッツバーグ大学経営大学院で博士号取得(Ph.D.)。米ニューヨーク州立大学バッファロー校助教授などを経て2019年から現職。著書に『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』(日経BP)などがある。(写真:陶山 勉)
安田:大抵のビジネスには「パレートの法則」が当てはまります。全体の2割の優良顧客が売上高の8割を上げるという法則ですね。スマホゲームの場合は、もっと過激な構造になっているということですか。
齊藤:そう思います。基本的には課金していない人の方が多いので。ゲームによっては課金が3割、4割に達しているものもあるかもしれないですけれど、課金をしなくても長く遊べるゲームだとあまり課金しませんね。例えば、「ポケモンGO」の課金率はかなり低いんじゃないでしょうか。
ゲームのマネタイズの方法は多様化しつつある
入山:読者の方からも、課金についての意見が届いています。「遊記」さんから、「ユーザーが『課金疲れ』しているとの指摘もあり、今のところこれが最も大きな問題なんじゃないか」と。「ラティ」さんからは、「課金システムのメリット・デメリットの議論をしてほしい」という要望がきています。この辺、どうお考えか、金野さん、教えてください。
金野:我々は様々なプラットフォーム、ビジネスモデル、ゲームを提供し、多様な遊び方を提案しています。家庭用ゲームのように圧倒的な感動体験を完成されたゲーム機で提案するものもありますし、日常生活のすき間の退屈な時間に気軽に楽しんでいただくようなゲームもある。それに伴って対価をいただく方法も様々あります。
やってはいけないと思っているのは、お客様の期待を裏切ることです。お客様に対して「フェアであれ」と常に思っています。故意に裏切るようなこと、例えば先ほどから出ているガチャで言えば、提供の割合をいじるようなこと、そういうことは論外だと思っています。
安田:例えば、「レアなアイテムがこれぐらいの確率で出ます」と言っているのに、実際にはそれよりも低い確率にしちゃうとか、そういうことですね。
金野:そうです。お客様にフェアに情報を出し、丁寧にコミュニケーションを取った上で遊んでいただくのであれば、納得して対価をお支払いいただくことに問題はないと思っています。我々は、それに見合った価値をちゃんと提供しているという自負もございますので。
入山:ガチャのギャンブル要素を問題視する指摘もあります。たまにレアキャラが出てくるので、ルーレットみたいなもので中毒性があるんじゃないかと。そこを規制した方がいいのではないかという話がありますが、齊藤さん、この辺はどう思いますか。
齊藤:確かに、ソーシャルゲームの中で、ガチャを使った課金モデルのゲームはまだまだ多いとは思います。ただ2018年度で言うと、プレー時間が長いゲームの上位に「ポケモンGO」や「どうぶつの森」が入りましたが、どちらも課金要素は非常に薄いんです。
入山:ということは、「ポケモンGO」なんかは、あまりもうからないということなんですか。
齊藤:そうはいっても、体力回復とかふ化を早めるためのアイテムなどに課金する人は一定数います。
安田:それから、「ポケモンGO」の場合、「ポケストップ」という商業施設などからもお金をもらうというビジネスモデルになっているので、ユーザーに課金してもらわなくてもトータルとしてもうけることができる仕組みになっていますね。
入山:なるほど。どこからお金を取るかの工夫をしているわけですね。必ずしも一般ユーザーから取る必要はないと。
安田:その辺の選択の幅が広がっているという点は、家庭用ゲーム機にはなかった現象かもしれません。
金野:我々はガチャに関しても業界団体でガイドラインを作っています。お客様に対してフェアに商売させていただくということを徹底しています。一方、おっしゃる通り、お金をいただく方法はガチャ一辺倒である必要は全くない。お客様にどういう価値を提供するかというのがもともとの本質ですので。我々もガチャ以外のビジネスモデルを模索しています。マネタイズの手段として、ガチャもあるし別の方法もあるというのが、健全なコンテンツの提供の仕方だろうと思っています。
安田:スマホゲームに限らず、最近では家庭用ゲームでも、ゲームソフトをダウンロードしてプレーするという形が増えてきています。そうすると、流通網や販売方法も違う形が出てきますね。
金野:家庭用ゲームの時代にはソフトの売り切りという形でしたが、最近は追加コンテンツの使用権利を配信前に購入いただく「シーズンパス」の提供なども始めています。これによって、新しい遊び方も提案できるのではないかと思っています。
安田:今回はスマホゲームの影の部分をお聞きしてきましたが、技術の進展によってゲームの可能性が広がり、多様化する中でより良いものが残っていくであろうという明るい見通しが立ったように思いました。どうもありがとうございました。
金野 徹(こんの・とおる)
バンダイナムコエンターテインメント取締役NE事業部担当兼NE事業部長
1995年バンダイ入社。バンダイナムコエンターテインメントNE事業部マーケティングディビジョンディビジョンマネージャーなどを経て2018年4月から現職。
齊藤昌幸(さいとう・まさゆき)
みずほ銀行産業調査部調査役
2010年にみずほ銀行入行。みずほ証券アドバイザリー第六部、みずほ銀行東京法人営業部などを経て、2019年から現職。ゲームのほか、アニメなどのコンテンツ産業や広告などのメディア業界を担当する。
入山章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学ビジネススクール教授
1996年慶応義塾大学経済学部卒業。98年同大学院修了。2008年米ピッツバーグ大経営大学院で博士号取得(Ph.D.)。米ニューヨーク州立大学バッファロー校助教授などを経て2019年から現職。著書に『ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学』(日経BP)などがある。
安田洋祐(やすだ・ようすけ)
大阪大学経済学部准教授
2002年東京大学経済学部卒業。2007年米プリンストン大学で経済学博士号取得(Ph.D.)。政策研究大学院大学助教授を経て2014年4月から現職。専門はゲーム理論。共著書に『経済学で出る数学:高校数学からきちんと攻める』(日本評論社)、『日本の難題をかたづけよう』(光文社新書)、編著書に『学校選択制のデザイン ゲーム理論アプローチ』(NTT出版)などがある。
■変更履歴
2ページ目に編集部注を追加しました。[2020/1/23 14:00]
2ページ目に、ガイドラインについての説明を追加しました[2020/1/23 16:30]
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