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グーグル、ナイキ、トヨタなど数々のグローバル企業のブランディングを手がけてきたクリエーティブディレクターのレイ・イナモト氏。デジタル時代にふさわしいコミュニケーション戦略の策定と新サービス開発で高い評価を受ける同氏に、日本企業の抱える課題を聞いた。

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イナモトさんはニューヨークに拠点を置き、企業ブランディングの分野で高い評価を受けていますが、広告業界に入ったきっかけは何だったのでしょうか。

レイ・イナモト氏(以下、イナモト氏):僕は日本生まれですが、16歳からスイスのインターナショナルスクールに留学し、その後は米ミシガン大学の美術学部に入りました。当時はインターネットの黎明(れいめい)期。コンピューターを使った表現に興味を持ったので、美術とコンピューターサイエンスの両方を専攻しました。

 たまたまかもしれませんが、ミシガン大学では美術学部と工学部の校舎が近かったんです。そのせいか、美術学部の教授が工学部で教えたり、工学部の教授が美術学部で教えたりといった多分野の交流がありました。

 卒業後はどんな職につくか迷いましたが、日本に戻り、(ユニクロの広告などで知られるクリエーティブディレクターの)タナカノリユキさんの下で修業させてもらう機会を得ました。そこで、アイデアを考えて形にする広告制作の仕事に出合ったのが今につながるきっかけです。90年代後半にはニューヨークに引っ越し、デジタル活用に特化した広告代理店に入りました。

 90年代までは、エンジニアやプログラマーとデザイナーの間には今よりも距離があった。しかし2000年前後から、その両方を股に掛けるハイブリッドなクリエーターが次々現れてきました。工学からデザインへと移ったジョン・マエダさん(実業家、ロードアイランド・スクール・オブ・デザイン元学長)らがそうです。僕自身も彼らの作品に感銘を受けました。

レイ・イナモト(稲本零)氏
スイスの高校を経て、米国ミシガン大学で美術とコンピューターサイエンスを専攻。 卒業後の1997年に日本に帰国し、Noriyuki Tanaka Activity入社。98年に再渡米し、99年にニューヨークの大手デジタル広告代理店R/GA入社。広告代理店AKQAでCCO(最高クリエーティブ責任者)を務めた後、独立し2016年にInamoto&Co.を設立。12年には米Forbes誌「世界の広告業界で最もクリエーティブな25人」に選出されている。東京都出身、ニューヨーク在住。

芸術とコンピューターサイエンスを同時に学んだことは、イナモトさんの仕事や考え方にどのような影響を与えたのでしょうか。

イナモト氏:個人としてもビジネスとしても、デザインとテクノロジー、アートとサイエンスなど異なる分野を融合して新しいものを生み出すことがテーマになりましたね。(ニューヨークの広告代理店)R/GAにいた頃には、ナイキが開発した「靴に内蔵可能なセンサー」をどのように事業化して、ユーザーの体験を充実させるかという検討に関わりました。現在のナイキのデジタル戦略の前身をつくった仕事です。

 2016年設立の今の会社、Inamoto&Co.では、事業シーズの開発段階から関わることも多い。そもそもどこに種を植えるべきか、というところから考えています。