イノベーションを活性化するために欠かせない要素として「デザイン」が注目されている。2018年5月には経済産業省と特許庁が「『デザイン経営』宣言」という提言を発表。企業のブランド価値の向上とイノベーションの実現に資するとして、デザインの視点を経営に生かすことの重要性を訴えている。

 オープン編集会議「デザイン経営を考える」では、この提言を取りまとめた研究会のメンバーの1人で、デザインを活用したブランディングを手掛ける博報堂グループのHAKUHODO DESIGNの永井一史社長に“オープン取材”を実施した。永井氏は、「経営や財務の指標といった数字ではなく、文化性や社会性、審美性といった軸で考える人がデザイナー。デザイナーが経営に入ることで、新しい可能性が見える」と強調する。経営者であると同時に、日本を代表するデザイナーでもある永井氏に話を聞いた。

■オープン編集会議とは

 読者の声をアクションにつなげる「日経ビジネスRaise(レイズ)」を活用し、日経ビジネスが取材を含む編集プロセスにユーザーの意見を取り入れていくプロジェクト。公募した「オープン編集会議メンバー」は、編集会議や取材に参加できる。「デザイン経営を考える」では、メンバーとともに議論している。

■HAKUHODO DESIGN永井社長への取材に同行したメンバー(敬称略)

佐藤 敏明 NEC
高橋 龍征 早稲田大学
瀧本 裕子 INNOVATION BRIDGE
中村 徳男 資生堂
水嶋 玲以仁 グローバルインサイト
三輪 愛 ミニストップ
矢島 進二 日本デザイン振興会

(注:発言内容は個人の意見であり、所属する企業や団体を代表するものではありません)

<span class="fontBold">永井一史 (ながい・かずふみ)氏。アートディレクター/クリエイティブディレクター、HAKUHODO DESIGN代表取締役社長、多摩美術大学教授</span><br> 1985年多摩美術大学卒業後、博報堂に入社。2003年、デザインによるブランディングの会社HAKUHODO DESIGNを設立。様々な企業・商品や行政施策のブランディング、VIデザイン、プロジェクトデザインを手掛けている。医療・ヘルスケアや地方創生などソーシャル領域での活動も多い。15年から東京都「東京ブランド」クリエイティブディレクター、15年から17年までグッドデザイン賞審査委員長を務める。<br> クリエイター・オブ・ザ・イヤー、ADC賞グランプリ、毎日デザイン賞など国内外受賞歴多数。著書・共著書に『幸せに向かうデザイン』、『エネルギー問題に効くデザイン』、『経営はデザインそのものである』、『博報堂デザインのブランディング』など。(写真:竹井俊晴)
永井一史 (ながい・かずふみ)氏。アートディレクター/クリエイティブディレクター、HAKUHODO DESIGN代表取締役社長、多摩美術大学教授
1985年多摩美術大学卒業後、博報堂に入社。2003年、デザインによるブランディングの会社HAKUHODO DESIGNを設立。様々な企業・商品や行政施策のブランディング、VIデザイン、プロジェクトデザインを手掛けている。医療・ヘルスケアや地方創生などソーシャル領域での活動も多い。15年から東京都「東京ブランド」クリエイティブディレクター、15年から17年までグッドデザイン賞審査委員長を務める。
クリエイター・オブ・ザ・イヤー、ADC賞グランプリ、毎日デザイン賞など国内外受賞歴多数。著書・共著書に『幸せに向かうデザイン』、『エネルギー問題に効くデザイン』、『経営はデザインそのものである』、『博報堂デザインのブランディング』など。(写真:竹井俊晴)

奥平力(日経ビジネス編集):まず、永井社長が長年手掛けてこられたブランディングとはどのような仕事なのでしょうか。

永井一史氏(HAKUHODO DESIGN社長):僕自身はブランディングのことを分かりやすく説明するために、「思いを形にする」と言っているんです。まずブランドの思いや、創業者の思い、本質的に何を世の中に提示しようとしているのかといったことを明らかにしていくのが最初のステップですね。

 ごく簡単に一言でまとめる場合もありますし、もう少し本質的な価値へと掘り下げていくような場合もありますが、まず時間をかけてそれをつくるのが最初のステップです。そこから、例えば名前になったり、ロゴみたいな形になったり、色になったり、そうやって最終的に人がイメージしやすいものに変換していくというプロセスがあります。

 企業の場合であれば、そのモチーフ自体をどんなふうに伝えていくのか。商品やサービスの場合なら、それをどうやって具現化していくか、というプロセスに入ります。

 商品やサービスの場合には、様々な顧客との接点があるので、統一的な価値や魅力をぶれずに伝えるための横軸をつくることが重要です。それが、ある種のデザインマネジメントのような作業です。そして、その価値や魅力を時間軸で捉え直して、時間とともに可変するものとしないものを分けながら、可変の部分は最新のマーケティングを取り入れて常にアップデートしていきます。ただし、本質的な部分は変えません。

 抽象的で申し訳ありませんが、まずは、思いみたいなものとその具体的な形を明確にして、サービスや商品に1つの軸を突き通す。そして、商品なりサービスなりができたら、それを展開するにあたって、様々な顧客接点に横軸を突き通す。さらに、時間軸で変化するものに、本質的に変化しないもう1つの軸を突き通す。

 合計3つの軸でブランドを考えたり、つくったり、マネジメントしたりしています。

奥平:3つの軸でブランディングするというのは、我々が議論しているようなデザイン経営の考え方に近い印象を受けます。永井社長は、「デザイン経営」とはどのようなものだとお考えですか。

永井氏:僕も研究会のメンバーとして、1年近く議論して出した結論(2018年に経済産業省と特許庁が発表した「デザイン経営」宣言)が、ブランディングとイノベーションということで腹落ちしたんですね。そこに至るまでに、デザインとは何かという議論を3回ぐらい、喧々囂々(けんけんごうごう)でやり合って研究会が分裂しそうになったこともありました。しかし、そういう大変な状況を乗り越えて、最後にみんなで納得したところでいうと、やはり今の経営課題に一番近いのがブランディングと、やはりイノベーションの話でした。

 製品を作るとき、最後にデザイナーが関わるという狭義のデザインではなくて、まさにブランディングもイノベーションも、経営マターの話ですよね。

デザインはブランディングとイノベーションに欠かせない(出所:「デザイン経営」宣言)
デザインはブランディングとイノベーションに欠かせない(出所:「デザイン経営」宣言)
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