「日本一の肉と焼酎、とっておきの自然と伝統」

 宮崎県の都城市役所は2014年4月から域外に向け「肉と焼酎」を全面的に発信する方針を定めた。公式ホームページを開くと、そのキャッチフレーズが目に飛び込んでくる。

 日本一の肉と焼酎──。

 あまり知られていないが、都城市は市町村別に見た肉用牛、豚、ブロイラーの産出額でそれぞれ全国トップを誇る。牛、豚、鶏で、いわば「3冠」に輝いている。都城で育った子牛を県外に出荷し、それが松阪牛といった有名ブランドのもとになることも少なくない。畜産業は雄大な霧島山に囲まれた地で、良質な飼料や水を使うことで発展した。

 焼酎は、もちろん霧島酒造を指す。都城市内には他に三つの酒造メーカーがあるが、日本一といえば、2012年に三和酒類の売上高を抜いた霧島酒造しかない。この日本一の両アイテムをシンプルに発信することで、都城の魅力を伝える。

都城に関心を持ってもらう「つかみ」は何か

 2012年から市長を務める池田宜永は「どこの行政も平等という世界の中で、優劣をつけたがらないのが普通だが、それでは街を知らない外の人には特性が分からない。都城に関心を持ってもらう『つかみ』は何かを考えた時、われわれはやはり日本一の肉と焼酎だろうという結論に至った」と話す。

 池田が市役所の職員に例示する話がある。同じ九州の佐賀県・有田町のことだ。

 池田は職員にこう語りかける。「有田といえば何だろう。大半の人が、有田焼と答えるはず。実際、有田には山のように良い特産品があるが、県外の人はやはり最初に陶器市から入る。そこを起点に他にも良いものがあると発見する」。都会の人に、宮崎県の都城市といっても、そもそもどこにあり、何が有名なのか浸透していない。そこで万人受けする力を持つ「肉と焼酎」に特化し、対外的な知名度を高める戦略に切り替えた。

 肉は産地間競争が激しい。ブランド力では域外に見劣りする部分がある。だが、焼酎は違う。霧島酒造は焼酎業界のナンバーワン。日本の都城にしか存在しない企業なのだ。

 池田は「霧島酒造はデフレ下の20年間で、急速に成長した日本でも数少ない企業の一つ。正直、驚きと賞賛しか感じない」と指摘する。

 急成長に伴い、域内の税収増にも寄与している。例えば、法人所得税に関しては、霧島酒造が全体の1割程度を担っている。池田は「市の財政に対するプラスの影響と、水を無料で提供するといった市民への貢献度は計り知れない」という。

 霧島酒造が業界トップになったことを踏まえ、池田は率直にこう主張する。「少し変な話かもしれないが、都城にとっては霧島酒造をどう抱き込むかが課題だと考えている」。もっと都城を一般の人に知ってもらいたい。一方で、特定の民間企業と行政の距離が近すぎるのは問題だという見方もあるだろう。

地方創生の「目的」を果たすために連携

 だが、池田は「普通ならばお叱りを受ける可能性があるが、目的を果たすには霧島酒造と連携するのが1つのポイントだと思っている。“特定の企業”というのは横に置いて、日本一の会社が地域にあるので、その力を借して頂きたい」と話す。霧島酒造との連携は「たぶん今までにない、行政が民間企業に乗っていくケースになる」と見ている。

 「目的」とは無論、地方創生である。2015年度の安倍晋三政権は、地域の活性化を政策の一大看板として掲げる。アベノミクスは大胆な金融政策、機動的な財政政策、成長戦略の「3本の矢」を放ち、行きすぎた円高の是正によって大企業の業績改善や株高を実現した。

 だが、東京だけが栄え、地方に恩恵が広がっていないとの批判が多い。安倍は「豊かで明るく元気な地方の創生は内閣の最重要課題。景気回復の波を全国津々浦々に届けなければならない。重視する点は、それぞれの地域ならではの資源や良さを生かすことで、域内に仕事をつくる。地域の個性を尊重し、支援する」と繰り返し述べている。

 その柱が、全国の自治体から知恵を募り、そのアイデアに予算を付ける地方創生の取り組みである。要するに、地方活性化に競争原理を導入し、地域の自律を促す格好だ。

 政府は2014年末に基本理念を定めた「まち・ひと・しごと創生法」をつくり、地方創生担当大臣に石破茂が就いた。各地域の自治体が2015年度から本格的に長期プランを作成し、政府側に提出する。それぞれの地域が日本特有の横並び主義から脱し、地元の資源や資産を生かして成長する姿が問われる。

 都城市は地域の特色を再定義するうえで、霧島酒造の存在が欠かせない。それは「ふるさと納税」でも実証されている。

ふるさと納税は4カ月で4億円

 ふるさと納税の寄付に対し、2014年10月から焼酎と肉を提供する方式に変更した。池田は、霧島酒造社長の江夏順行や専務の拓三に頭を下げ、ふるさと納税に関する特産品提供の協力を仰いだ。

 2008年から開始したふるさと納税だが、それまで都城市には年間200万~300万円しか集まらなかった。だが、状況は一変した。

 寄付の金額によって、霧島酒造の黒霧島、赤霧島、白霧島などを提供する仕組みに変えたところ、約4カ月でなんと4億円を超える金額が寄せられた。寄付額は全国トップ10に入る。中でも、100万円の寄付に対して焼酎を1年分プレゼントするという新しい企画が受けた。池田は「それまで粛々と行っていたが、都城をPRするには霧島酒造との連携が欠かせないと確信した」という。

 池田は、都城の優位性は「3つの宝」だと表現する。

 ①農林畜産業②地の利③子供──である。

 農林畜産業は、「生産して出荷する」というスタイルから「生産し、地元で加工し、付加価値を付けて販売する」という6次産業化を推進している。

 都城では、地元の農業生産法人などが地域で収穫できるキノコ、大根、キュウリといった農産物を加工し、域外に売っている。2014年2月時点で、政府の6次産業化法による認定農業者数は、17件と全国で2番目に多い。都城を訪れた農林水産省事務次官の皆川芳嗣は「全国の6次産業化推進モデル地区になって然るべき地域だ」と当時言及した。

 社長の江夏順行は「霧島酒造は地域の農家と運命共同体。芋があるから、芋焼酎ができる。昔から6次産業化を推進しており、地域の税収や雇用に貢献してきた。だからこそ、地域を大事にしなければいけない」と正論を語る。

霧島酒造が域外からヒトを呼び込む力

 霧島酒造は、工場近くの「霧島ファクトリーガーデン」というレストランや土産品店を併設した施設でも、6次産業化に力を入れる。工場見学者を含め、年間の利用客数は延べで50万人を超える。

 関東圏からの客が、そのうちの4割を占める。県外から観光で訪れる人も多い。この施設で支配人を務める冨吉健一は「黒霧島の消費拡大と同じ時間軸で地元以外の来場者が増えた」と語る。麹と焼酎のもろみを活用した食品やパン、ビールなども販売している。霧島酒造が域外からヒトを呼び込む力は大きい。

 都城の優位性として二つ目に挙げた地の利とは、南九州地方のちょうど真ん中に位置する特性のことだ。霧島山に囲まれる都城は、宮崎空港、鹿児島空港から、それぞれ車で1時間ほどの距離にある。宮崎県、鹿児島県という行政区分で地域を考えるよりも、霧島を巡る長い伝統や文化を前面に打ち出した方がはるかに得策と見る。

 社長の江夏順行は「九州の特産品を見ても、例えば関アジ、関サバは行政の区切りと関係ない。霧島もその考え方は一緒。伝統、歴史、文化、産業まで網羅した枠組みで、地域ブランドを確立したい」と意気込む。

 実際、2010年に宮崎県(都城市、小林市、えびの市、高原町)と鹿児島県(霧島市、曽於市、湧水町)にまたがる霧島山を中心とする環霧島地域が「霧島ジオパーク」として認定を受けた。行政同士が連携する機運が芽生えたが、民間レベルでは先に具体的な交流が進んでいる。

 2015年3月末。大自然の中で、トランペットの音色が艶やかに響いた。

 鹿児島県霧島市の温泉リゾート「天空の森」で春の「フォレストパーティー」が初めて開かれた。国内外から集まった約50人が音楽家の演奏に酔いしれた。

 雅叙苑観光が運営する天空の森は、荒れ果てた霧島の山々を開墾して造った。東京ドーム10倍超の巨大な空間に宿泊と日帰り用の温泉リゾート施設を5つ設けた。宿泊価格は1人1泊15万円。社長の田島健夫は「リゾートは人間性を回復する場所。日常生活を忘れ、人間の本質を考えてほしい」と話す。国内外から著名人が訪れ、JR九州のクルーズトレイン「ななつ星in九州」の宿泊施設としても利用される。

 田島は1975年に茅葺きの古民家を移築し、失われつつあった南九州の風景を再現した温泉旅館「忘れの里 雅叙苑」をもともと経営していた。この施設が、厳格な加盟基準で知られる仏ルレ・エ・シャトーの目にとまり、2014年11月に九州で初めて認定を受けた。

 ルレ・エ・シャトーは仏ボルドーのワインからモロッコの宮殿まで、美食、宿泊施設、文化遺産を幅広く対象にしている。食と旅を巡る世界のベンチマークの一つとされる。世界60カ国で、年間20~30軒しか認定を受けない。

 田島は「ルレ・エ・シャトーが選んだ施設は『絶対に間違いがない』といわれる。世界を見渡す彼らの目に、南九州の小さな旅館がとまったのは、われわれが地域の生活文化を大事に守り育ててきたからだろう」と語る。

 この認定を受け、田島は南九州の生活文化を披露するショーウインドーのようなパーティーを開催した。

 霧島市では毎夏、霧島国際音楽ホール「みやまコンセール」でクラシック音楽の演奏会が開かれる。そこに参加する演奏家を天空の森に呼んでコンサートを開き、夕食のブッフェには南九州産のさつまあげ、豚肉、鳥刺しなどを出した。乾杯用に霧島酒造の健麗酒「Ax霧島」のソーダ割りを振る舞い、集まった人々は美しい音楽、食事、お酒を堪能した。

 パーティーに参加した霧島酒造企画室の小野竜一は、来客を前にこんなスピーチをした。

 「九州初のルレ・エ・シャトー認定、おめでとうございます。南九州の文化が世界に認められ、大変喜ばしい出来事だと考えています。田島社長がされてきた南九州の文化に誇りを持ち、大切に発信していくことはわれわれとも共通します。焼酎は食文化のもとにあり、それを大切にして焼酎造りに励んできました。南九州の火山に育まれ、おいしい水とおいしいサツマイモからできたのが白霧島、黒霧島です。地元の支援、大地の支えがあってこそで、田島社長の思いに共感しています」

 田島は「霧島酒造が日本一の焼酎メーカーになり、南九州から域外に蒸留酒の文化を発信できる状況になった。地域のコンダクターとして素材をまとめあげ、南九州を世界に発信したい」と力を込める。

 地元の素材を地域の人々によって、大切な資源に変える。それが経済活性化の切り札になる。まさに行政区分を超えた、地方創生の試みといえよう。

全国2位の出生率で人材創出都市目指す

 市長の池田が都城の優位性と認識する三つ目が、子供である。

 地方創生は「人口減少に歯止めをかけ、東京圏への人口の過度な集中を是正する」とうたう。戦後の高度成長期以降、地方の若者は大都市の東京を目指した。地元に魅力的な仕事がなかったためだ。

 宮崎県は1980年代半ばの有効求人倍率が0.4。これでは地元に残りたくても、仕事がないから生活できない。

 だが、東京では晩婚化が進み、女性が生涯に産む子供の数を示す合計特殊出生率は1人をほんのわずか上回るにすぎない。日本の人口減少ペースが加速する一因だ。

 一方で、宮崎県の出生率は1.72と全国2位。1位の沖縄県(1.94)に続き、子宝に恵まれている。そのうち都城市は1.78と県内平均を上回り、池田は「出生率が高い宮崎県の中でも、子供を産みやすい環境にある」と自負する。次世代を担う子供の育成が地域発展の礎なのは間違いない。人材創出都市を目指している。

 政府は2014年6月に公表した経済財政運営の指針「骨太の方針」で、50年後にも1億人程度の人口にとどめることを初めて確認した。

 子供を持つことは個人の選択に委ねられる。そのため、政府は対外的に目標値の公表を控えるが、1.8程度の出生率を想定している。ちょうど都城と同水準だ。2013年の日本の平均出生率は1.43にとどまる。先進国では出生率が2.1程度ないと、同じ人口の水準を維持できない。人口減少に歯止めがかからないため、落ち込むペースを少しでも緩やかにしたいと考えている。

都城の人口は50年前と変わらない

 中長期的に見ると、都城の人口変化はそれほど大きくない。都城の人口は1985年の17万5728人をピークに少しずつ減っているが、その減少ペースは緩やかな方だ。2015年は16万6243人。50年前の16万6237人とほとんど同じである。宮崎県第2の都市としての面目は保っている。

 日本で人口問題が大きな焦点として浮上したのは、元総務相の増田寛也が日本創成会議のメンバーとして警笛を鳴らしたことが引き金だ。

 岩手県で知事も務めた増田は2014年夏に『地方消滅』という刺激的なタイトルの著書を出版し、日本の地域に激震が走った。2010年から2040年にかけて、「20~39歳の女性人口」が5割以上減少する市町村を「消滅可能性都市」と定義した。推計の結果、子供を出産する若い適齢の女性が地域で減ると、日本の896の市町村が消えかねないとのデータが明らかになった。

 全市町村の名前を公表し、人口問題は漠然とした不安から、非常事態モードへと切り替わった。多くの地方では若者に加え、高齢者も減り始めた。過疎化が進んでいる小さな街では諦めムードも漂う。そして、若者は依然として大都会に移り住む。このミスマッチを解消するためにも地方創生の施策を生かさなければならず、地域の活性化が不可欠なのだ。

 896の都市が危機にある一方、2040年までに若い女性の人口が16%増えると見込まれる街がある。石川県の南西部に位置する川北町だ。この増加率は全国トップであり、現時点で人口危機とは無縁な地域とされる。

 人口は1980年の4256人から足元で6307人と1.5倍に増えた。川北町長の前哲雄は「国が地方創生と言う20年以上も前から子育て支援に力を入れた結果だ」と振り返る。

 転機は1984年に旧松下電器産業の工場誘致に成功したことだ。税収で賄える自主財源が増えると、地域の住民に還元するため、社会福祉政策にお金を次々と回し始めた。

 子供と高齢者の医療費は無料。水道料金は月間10トンまで無料。保育料と国民健康保険税は県内最低水準。川北町から小松市に車で通勤する部品メーカーの社員は「幼児が2人いるが、公共料金が安くて助かる。町営住宅も月3万円と格安」と魅力を語る。

 川北町の優位性は二つある。

 一つ目は、県内中心地の金沢市と工場地帯の小松市に近い点だ。車で15~30分あれば通勤が可能で、若い共稼ぎ世帯がこぞって目を付けた。二つ目は地形の特質。岐阜県境の白山から近場の手取川を経由して豊富な水を得られるため、周辺には有力な製造業の工場が多数ある。

 町長の前は「企業誘致が福祉の充実につながり、就職先があるから移住を含めて若い人が増えた」と強調する。街中では農地から住宅地への転換が進んでいる。

 「この10年で子供の数がどんどん増えています。毎日賑やかです」

 2015年2月に訪ねると、川北町の川北保育所で約200人の子供を預かる北山由紀子は、お遊戯で走り回る子供を見ながら愛おしそうに微笑んだ。40年近くの保育士のキャリアがあるが、子供の数が最近特に増えたと実感している。目下、この街は全国の行政関係者にとって垂涎の的だ。

「産業誘致型」と「産業開発型」の発展モデル

 増田は『地方消滅』の中で、石川県川北町の発展モデルを「産業誘致型」と類型化した。コマツ、東レ、東芝、日本ガイシ……。川北町の周辺には大企業のグループ会社が多く、外部から産業を呼び込んだことで人口が流入している。

 一方で、都城市のモデルは「産業開発型」の区分に入る。地場の資源を産業化して発展する自立型の形態だ。

 宮崎県には26の自治体があり、そのうち15が消滅可能性都市とされる。ただ、都城市はリストに入っていない。人口は減少が見込まれるものの、そのペースは県内自治体の中で3番目に緩やかだ。市長の池田は「人口が他の街に比べて減りにくいという意味でも、宮崎市とともに県内地域の核となっていかなければならない自覚と責任がある。それを念頭に置きながら、都城は前に進む」との決意を語る。

 並走するのが、成長を続ける霧島酒造だ。現在、社員数は469人になり、この10年で200人以上増えた。県外からも優秀な若い社員が続々と入社している。池田は「県外から人材を採用してもらうと流入人口が増える。若い人が移住し、都城で家庭を築いてくれれば大きなプラスになる」と期待感を示す。こうした正社員のほかにも、芋焼酎の仕込み時期には250人に及ぶ臨時社員が働く。雇用の受け皿としての役割が、年々高まっている。

 池田自身も東京から故郷に戻ってきた一人である。地元の高校を卒業後、九州大学経済学部に進学。1994年、旧大蔵省に入省した。金融庁監督局では激動の金融危機を目の当たりにし、主計局では農林水産関連の予算を査定した。そして、2012年に地域を変えたいとの思いから帰郷した。

 旧大蔵省の1期後輩にあたる金融庁監督局の鈴木啓嗣は若い頃に、独身寮で池田と時間をともにした日々を思い返す。鈴木は「昔から政治家になりたいとの夢を持ち、地元を良くしたいと話していた。都会に住んでいても、都城に対する愛着が常にあった。国で働いた経験を生かし、クリーンで正しい政策を期待したい」とエールを送る。

 池田が役人時代から通っている中華料理店・頤和園の霞が関店店長の樫村保男は「東京に帰って来るたびに霧島酒造の焼酎を頼み、周囲の人にPRしている」と話す。

目指すは南九州のリーディングシティ

 政府は過去に日本列島改造論や田園都市構想を打ち上げた。地域の特性を生かす地方創生の試みは決して真新しいものではない。むしろ、政府に新しい発想が乏しいがゆえに、仕方がなく地域にアイデアを求めている一面もあるだろう。

 地方創生担当大臣の石破茂は「地方は長年、公共投資と企業誘致に頼ってきた部分があった。日本の高度成長期に高速道路が造られ、下水道、港湾、空港も次々にできた。全国に自動車や家電製品の工場が生まれ、どこの地域も同じように発展した。しかし、その成長モデルが終わり、ふと気づくと地域の文化や産業がどんどん廃れてしまった」と語る。

 そうした地域をどう蘇らせるのか。

 石破は地方創生のキーワードについて「ヨソ者、若者、バカ者が地域を変える」と断言する。「そんなことはできない、伝統に反するからダメだといわれても、これをやり遂げるという強い信念をもったカリスマがいれば、周りの人を説得して地域を変えられる可能性がある」と見ている。

 黒霧島がその1つだ。石破は「酒造メーカーは地元の名家や旧家が多く、旧態依然とした伝統的な製法を守りがちだ。霧島酒造に関しても、昔からの白麹で造っていれば、今日の黒霧島はない。黒麹を使って新しい技術を導入し、既存の枠にとらわれることなく消費者のニーズを把握した」と指摘する。

 島根県でも、義手・義足や人工乳房を製造する中村ブレイス(大田市)が約30年前に納屋を改造して起業した。米国で学んだ技術を生かし、過疎地でも本物と変わらない手などを再現できる医療機器メーカーに育った。石破は「地方創生は『点』の成功事例が少しずつ出てきた。まだ『面』にはなっていないが、各地域がもう少し努力すると全国に広がるかもしれない。うちの自治体もやってみようと、虚心坦懐に先行ケースを学ぶ必要がある」と語る。

 国と地方の政策にそれぞれ精通する池田はこう語る。「われわれがやってきていることは常に地方創生のはずだ。できもしない新しいことをやるのならば、今まで取り組んできたことを見直して、磨けるものを磨いた方が良い」。そのうえで「新しいことでも実現可能性があるなら、新しい施策を取り入れる方向でやれば良いと考えている」と語る。その一つが霧島酒造とのコラボレーションだ。

 霧島酒造といっても、大都市の人から見れば、鹿児島県、宮崎県どちらにある会社なのか、判別がつかないだろう。池田はそう実感している。さらにいえば、せっかく日本一の酒造メーカーが地元にありながら「黒霧島=都城」という構図が県外にまで浸透していない。もっと、霧島酒造に「乗る」かたちで都城を発信する手段があると感じている。

 池田は「目指すべきは南九州のリーディングシティの確立」と職員に繰り返し説いている。そのためにも、1000億円企業を目標とする霧島酒造と連携を強めていく。池田は、黒霧島とともに地方創生の先頭を走る覚悟を胸に秘める。

(敬称略、断り書きのない肩書やデータは取材当時のもの)