散骨島構想も、山内の決断によるところが大きい。

 「よそ者」が島を丸ごと買収し、散骨事業を始める──。カズラ島散骨は、ともすれば、全国各地で見られるような散骨場反対運動の二の舞いになる危険性を秘めていた。だが、山内はカズラ島での散骨を冷静に捉えていた。

 「散骨の話が持ち上がった当初は、一部の漁師たちの中で『風評被害が起きる』と言い出す者もいました。海に撒くのだと誤解していたようです。しかし、それもすぐに沈静化させました。私の中には、祖先を祀ることの大切さが染み付いていましてね。現代社会はもはや、墓が守れなくなってきている時代です。カズラ島での散骨は現代型のひとつの供養のかたちだと思います。何も、島の経済を回すために散骨島を認めたわけではありません。確かに、散骨しに来てくれる人がいれば、町にカネは落ちるでしょう。でもそれは、結果であって、決して手段であってはいけない。
 ただ、散骨島が町にとってマイナスになることはない。散骨島という存在を通して海士町を知ってもらえるのですから。今まで縁がなかった人が海士町に来てくれる。散骨の遺族は、海士町にとって親戚のようなものです。仏様と、今を生きる人の縁が、島での散骨を通じて結びつく。この目に見えざる観念こそが大事なのです」

 地元からの反発がほとんど起きていないのは、町長が反対勢力を力で押さえ込んでいるからではない。町議会でもカズラ島を散骨島にすることが諮られ、合意に至っているという。カズラ島のケースは、他地域での住民問題になっているケースとは状況がかなり異なるようだ。

 一方、業者側も住民感情に配慮しながら、慎重な運営を行っている。それは、島全体をカズラが地権者から買い取り、合法的に自然を保全しながら散骨している点だけでなく、遺族らが島に上がるのは年に2回に留め、島内に遊歩道以外の建造物は造成しないことにも見て取れる。

 なお、住民が散骨を支持するには、もっと大きな理由がある。それは観光誘致と結びついているからだ。山内は「島経済ありきではない」と言うが、散骨事業を推し進める町側のメリットは小さくない。

 山内の行財政改革によって、海士町の財政健全化や人口減少への歯止めは一定の効果を得た。だが、残された町の懸案事項に観光対策がある。隠岐全体では観光受入数は年々減り続けている。宿泊施設は10年前は110軒あったが、現在は60軒と約半数に激減している。島外から海士町へ、散骨者や墓参りに訪れる人が増えれば、冷え切った観光産業の起爆剤になり得るし、島の人口流出も多少は食い止められるかもしれない。

増える「墓じまい」が、人と故郷を断絶させる

 島の人口減少とともに増えているのが「墓じまい」である。都会に出た子供は、老いた親を都会に呼び寄せる。その際、先祖の墓を整理してしまう。故郷に墓がなくなり、墓参りする必要がなくなれば、高い旅費を費やしてまで帰省することもない。墓じまいした島民が、島に戻ることはあり得ない。近年、海士町はIターン、Uターンが増え、島の人口流出は緩やかになった。だが、回復基調に乗ったという状況までには至っていない。

 現在、カズラ島での散骨者は、首都圏在住者10に対し、地元島根県民は6の割合だという。

 「今後は島の人に積極的に利用してもらいたい」(カズラの担当者)

 そこで、カズラが打ち出したプランが、島内在住・出身者への大幅割引制度である。

 島外者が散骨する場合、26万5000円(税抜き、旅費は別料金)が必要になるが、島内在住・出身者は21万円、地元の海士町出身者は19万円だという。

 墓という手段を使えば、人口流出を食い止められるのではないか。墓が故郷に残っていれば、そこは故郷であり続けるからだ。

 社会のニーズを捉えた散骨という斬新な手法で、地域再生を試みる。死後、骨は自然に還り、人は故郷に帰る。そんなモデルが隠岐で始まろうとしている。
  =敬称略=

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