カズラ島での散骨の様子。遺骨をパウダー状にしてまく

散骨がはらむ問題点

 カズラ島で散骨を手掛けるのは、東京都板橋区の火葬場、戸田葬祭場のグループ会社で、その会社名も「カズラ」である。戸田葬祭場グループは、カズラの他にも火葬炉のメーカーの日本炉機工業、ペット葬を手掛ける東京動物霊園など、葬祭事業を広く展開している。そして、昨今の散骨の潮流を捉え、立ち上げたのがこのカズラだ。カズラは、「地球環境にやさしい散骨」を目指している。

 「カズラ島は国立公園内ですから将来にわたって開発の手が入らない。永遠の静けさが約束された、究極の埋葬法といえます」

 カズラの社長、村川英信はこう説明する。現在までで100霊以上の散骨が行われてきたという。しかし、この辺鄙な島が、どういう経緯で散骨の場になったのか。

 村川は説明する。

 「当時、役員の中に隠岐出身者がいましてね。2001年、この役員の発案で社員旅行先が隠岐になったのです。現地を船で回っていると、彼は『死後は故郷の隠岐で眠りたい』とつぶやきました。同行した我々も一緒になって、『無人島での散骨なら、散骨の問題点がかなり改善でき、理想に近い散骨が実現できそうだね』などと話しているうちに、どんどんアイデアが具現化していったのです」

 当時は散骨が社会で認知され始めた頃。「死後、自然に還る」イメージを抱き、散骨を希望する者が続々と出始めていた。

 散骨は、現在でも様々な問題を抱える埋葬法ではある。散骨は主に2つの種類がある。「山野での散骨(地上型散骨)」と、「海洋散骨」である。

 「樹木葬」「自然葬」などの名称で呼ばれる地上型の散骨の場合は、霊園内に造られた特定の場所でのみ、散骨が許される。霊園外の山野などに個人が勝手に遺骨を撒けば、刑法190条で定めている死体(遺骨)遺棄罪(3年以下の懲役)に觝触する可能性がある。

 この樹木葬の場合、霊園内の敷地の隅に樹木を植え、大きなドラム缶のような容器に骨をどんどん入れていくスタイルが一般的だ。「自然に還れる」とのイメージと大きく乖離しているので、遺族が失望するケースが多い。

以前、まかれた場所には造花が置かれていた。既に完全に土に還っている。奥のほうに今、撒いたばかりの散骨場が見える

散骨を熱望する芸能人たち

 一方、海洋散骨のほうは、確かに「自然に還れる」埋葬法ではある。

 海洋散骨の歴史は、「NPO法人 葬送の自由を進める会」が1991年に静岡県沖の相模灘において実施したのが最初と言われている。海洋散骨はしばしば著名人が実施して、話題になることがある。

 近年では1996年に亡くなった漫才師の横山やすしが、無類の競艇ファンだったことから、遺骨が広島県の宮島競艇場の海に撒かれた。同年にはほかにも、女優の沢村貞子やその夫の映画監督の大橋恭彦の遺骨が相模湾に海洋散骨されている。1998年には自殺したロックバンド、X JAPANのギタリストhideの遺骨の一部が米ロサンゼルス近海に流された。

 2011年に亡くなった落語家の立川談志は、生前より散骨を希望していたことから、翌2012年に米ハワイの海に撒かれた。日本では芸能人が先行する形で海洋散骨が始まったが、一般化したのは、ここ10年ほどのことである。

 海外では中国の周恩来元首相や、相対性理論を構築したアルベルト・アインシュタイン博士らの遺灰が海や川に撒かれている。海外ではずいぶん昔から散骨が実施されてきているのである。

 この海洋散骨、実は地上型散骨ほど需要が伸びていない。最大の理由は、遺族が手を合わせる場所がなくなってしまうからである。