将来的にも、こうした行き場のない遺体の安置場所を求める遺族の数は増えていく。竹岸は、そこに商機を見いだした。しかし、世間の目からすれば、遺体安置ビジネスは、キワものであることには間違いなく、ややもすれば、色眼鏡で見られてしまう。竹岸と「死の世界」との接点はどこにあったのか。

彷徨える遺体の受け皿として

 竹岸は言葉遣いは丁寧で、折り目正しい印象の男性だ。それもそのはず、竹岸はかつて、シェラトン都ホテル東京のホテルマンだった。ベルボーイや宴会場を担当していた。実はホテルでは「お別れの会」や「偲ぶ会」が多く実施される。竹岸はこうした故人に対するサービスに強い関心を抱くようになっていったという。2003年に独立。一般葬儀社向けのB to B事業を開始する。事業内容は、葬儀社への人材派遣と葬式代行サービスだ。葬儀業界の隙間を埋めるこのような業務は、業界では珍しいことではないという。

 葬儀業は、人が亡くならなければ、開店休業状態である。そのため多くの葬儀社が人件費の無駄を省くため、普段は最小限のスタッフしか抱えていない。そして、ひとたび葬式の依頼があれば、派遣会社を通し、スタッフが現場に配置されるのである。竹岸は、葬式のスタッフ派遣・代行業を最初に、来る多死社会を見据えて、遺体ホテルの構想を膨らませた。

 その頃、葬祭場や納骨堂の運営を手掛けるニチリョクが、横浜で日本初の遺体ホテル「ラステル」の営業を開始していた。ラステルやそうそうの他にも、都内や大阪にも同様の施設がある。それらの多くは遺体ホテルに葬儀ホールも備え、そこで葬儀をすることが遺体安置の条件になっている。だが、竹岸は、「誰でも自由に、遺体を一時保管できる遺体ホテル」を目指した。

 川崎市をその場所に選んだのにも理由がある。川崎市は人口150万人近い政令指定都市だが、火葬場が2つしかない。人口で同じ規模の愛媛県の火葬場は38だから、いかに川崎市の火葬場が少ないかが分かる。待機遺体が多くなるのも必然だ。多摩川を挟めば東京都なので、都内からの利用客も見込める、と踏んだ。

 今、竹岸の元には、様々な業種の企業から「遺体ホテルに参入したい。アドバイザーになってほしい」との依頼が相次いでいる。倉庫会社、バス会社、広告代理店など異業種の参入が今後、見込まれるという。

 好むと好まざるとにかかわらず、多死社会をにらんで遺体ホテルは増えていくだろう。彷徨える遺体の受け皿として、機能しているからだ。

 「実は、反対運動に加わっていらっしゃった方のご利用も、3組ありました。もちろん反対運動からは身を引かれました」

 竹岸は、さらりと話した。

 都市化により、特に「死」を禁忌する風潮が蔓延している。死を受け入れる場をどこかに造る必要があることは、多くの人が理解できる。でも、できることならば死を直視せずに暮らしたい──。そんな矛盾が社会に渦巻いている。

 同社のホームページを開けば、こんなメッセージが流れる。

 「草々。締め括りの言葉には元来、簡略をお詫びする気持ちが込められています。昨今は社会状況の変化にともない、直葬や家族葬といった簡略化した葬儀形態が増えています。(中略)たとえ略式であっても、できる限り故人様のご希望に沿い、質素ながら自由で、後悔のないお別れができる温かい空間を『そうそう』がご提供いたします」

(第4回に続く)=敬称略=

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無葬社会――彷徨う遺体 変わる仏教
鵜飼秀徳著/日経BP/1700円(税別)
鵜飼秀徳著/日経BP/1700円(税別)

遺体や遺骨が彷徨う時代――。既に日本は死者数が出生数を上回る「多死時代」に突入した。
今後20年以上に渡って150万人規模の死者数が続く。
遺体や遺骨の「処理」を巡って、死の現場では様々な問題が起きている。
首都圏の火葬場は混み合い「火葬10日待ち」状態。
遺体ホテルと呼ばれる霊安室ビジネスが出現し、住民運動が持ち上がっている。
都会の集合住宅では孤独死体が続々と見つかり、スーパーのトイレに遺骨が捨てられる――。
「無葬社会」が、日本を覆い尽くそうとしている。
そこで僧侶や寺はどう向かい合えばいいのか。
「イエ」や「ムラ」が解体され、墓はどうなる?
現代日本における死のかたちを通して、供養の意義、宗教の本質に迫る。
『寺院消滅~失われる「地方」と「宗教」~』の著者、渾身の第2弾。

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