
「遺体保管所 絶対反対」
ただならぬ文言が書かれたのぼり旗が、ひとつの建物を取り囲んでいた。
町工場が点在する神奈川県川崎市中原区。建売住宅が並び、子連れ女性の姿がある。東京都との境を流れる多摩川が目の前だ。対岸には二子玉川の大型ショッピングモールが見える。
穏やかな街の雰囲気とは対照的に、のぼり旗に囲まれた「遺体ホテル」と呼ばれる施設はあった。遺体ホテルは、ひと言でいえば、死後、葬式や火葬をするまで遺体を安置しておく民間施設のことだ。事情があって自宅に保管できない遺体、あるいは火葬場の不足による「待機遺体」が次々に運ばれてくる。遺体の保管場所に困った遺族が、すがる気持ちでやってくる。
ネイビーとシルバーのツートンカラーの外観が特徴的な3階建て。この建物に看板の類は見当たらず、一見すれば倉庫のよう。近隣の住民感情に配慮していると思われる。
住民の反対運動は、これでも落ち着いてきたのだという。
建設計画が持ち上がってから、地元公民館で幾度となく説明会が開かれた。その様子は、テレビのワイドショーなどでも取り上げられ、住民が経営者を厳しく糾弾するシーンが流れた。
「厳粛な人の死を、金儲けに使ってけしからん」
「こういう施設が近所に存在すること自体、気持ち悪い」
完成までに住民説明会は計5回開かれた。1回当たり100名以上の住民が参加したが、場は荒れた。主催者側の出席者は「そうそう」という名の遺体ホテルを運営するアート企画の代表、竹岸久雄一人。会場は怒号が飛び交い、竹岸の感情も昂った。
「法的には何の問題もありません。よく考えてください。人はみんな死ぬんですよ。みなさんもこういう施設を必要とする時が来るかもしれない」
テレビのワイドショーで取り上げられた際、司会者やコメンテーターの受け取り方は番組によって様々だったが、多くは「難しい問題」と締めくくられた。
竣工後は住民への内覧会を開いた。
「思ったよりも奇麗ね」
内覧した住民はこうつぶやいた。
竹岸は遺体を搬入する際には外から見えなくするなど、住民感情には特に気を遣った。ようやく営業を始めたのが2014年10月のことだ。遺体ホテルの名前は「そうそう」とした。「葬送」が語源だ。死者を見送る場所として「葬荘」という語呂合わせもできる。
「ここは、どなたでも利用できます。反対運動で、一時はどうなることかと思いましたが、おかげさまで、利用数は右肩上がりに増えてきています」
Powered by リゾーム?