その施設は、高速道路沿いの林道を分け入った場所にあった。
玄関へと歩みを進めると、観音扉が自動で開いた。荘厳なエントランスホールから、白大理石に囲まれたロビーへと誘われる。革のソファに座ったカップルが、沈黙したまま、俯いて動かない。冷たく、重い空気が辺りを包み込んでいる。
初蝉が鳴き始めた2016年7月某日。筆者が訪れたのは、神奈川県横浜市金沢区にある火葬場、南部斎場である。午後3時過ぎ、1日の最終の会葬者が「最後のお別れ」を終え、骨上げ(拾骨)を待っているところだった。
首都圏で増える「直葬」
ロビーで見たカップルは、近年首都圏で増えている直葬の会葬者だと推測できる。直葬とは、葬式をせずに、火葬だけで済ませてしまう葬送のことだ。直葬の場合、最小限の親族だけが火葬場を訪れ、骨を拾って帰っていくのが通例である。
「我々のほうから葬式の形態や故人に関することをお聞きすることはありません。ですから確かなことは言えませんが、印象としては最近、1人か2人でいらっしゃる会葬者が増えてきたように思います」
南部斎場長はこのように語る。
死生観の変化や経済的理由によって、直葬の割合は年々増加傾向にある。現在、首都圏では3組に1組程度が直葬を選ぶようになっているとも言われている。斎場長は続ける。
「個人単位で故人を送る風潮が広がっているようですが、南部斎場でも象徴的なことが最近、ありました。一般の方から、直接斎場に電話が掛かってきましてね。『ただいま、家族が亡くなりました。お葬式をアレンジしていただけないでしょうか』とおっしゃる。普通、火葬場を予約するのは葬儀会社です。私は、『ここは火葬場です。お棺やお花、霊柩車の手配などは行っていないのですよ』と丁重にお断りしましたが、電話口のご遺族は、いたって真剣なんです」
火葬の手配は葬祭業者が仲介するのが通例だ。納棺や遺体の運搬などを個人でやろうとすると、事は容易ではない。この遺族は合理的に、費用をかけずに自分たちだけで火葬を終えたかったのだろうか。あるいは、葬送のしきたりを知らず、相談する相手もいなかったのだろうか。都会における葬送に対する考え方が、大きく変わってきているようだ。
南部斎場は、横浜市が運営する公営の火葬場である。横浜市内には計5カ所の火葬場があり、そのうち公営は4施設。1875年に開設された久保山斎場が最も古く、他に戸塚斎場、北部斎場、南部斎場がある。民営の火葬場としては、東急東横線の妙蓮寺駅近くに西寺尾火葬場がある。
ここ南部斎場は比較的新しい火葬場で、横浜市が急激な人口増の渦中にあった1991年、南部地方(金沢区、港南区、栄区、磯子区)の火葬需要の高まりに対応するため、火葬炉10基、葬祭ホール2室を備えた施設として稼働し始めた。
開場時間は夏期が朝9時から午後2時半まで。1日最大20体を火葬する能力がある。死亡者が多くなる冬期は時間を1時間延ばし、26体を火葬することが可能だ。
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