養老:確かに私が現職だったのは20年前ですが、そのころでもすでに献体した方があとあと面倒がないからという人もいました。火葬場の手続きから何から全部私どもがやりますので。ただ地方の大学ですと、やっぱり献体が少ない。それじゃ都会の献体を回すことができるかというと、これはできないんですね。余り気味になるところと、不足気味になるところが出てきた。お墓と似たような問題が起きています。

仏教界に激震を呼んだ法要の出前サービス

司会:都心で遺体ホテルができ、巨大納骨堂ができる一方で、地方では檀家制度が崩壊しかねない節目にきている問題があります。これらには共通するところがありますね。鵜飼さんは前作『寺院消滅』で、地方から寺院や宗教が消えゆく実態をルポしています。

鵜飼秀徳(以下、鵜飼):現在、全国に約7万7000の寺院がありますが、そのうち住職不在の無住寺院は最大約2万に達しています。地方では高齢化と人口減少が進み、寺院専業では食べて行かれない、後継者がいない。さらに都会にでて菩提寺との関係が薄いまま過ごした世代が、墓じまいをしたり直葬をしたり、ますます寺と檀家との関係は希薄になっています。

司会:そんな中、「Amazon」の「お坊さん便」が登場し、仏教会に激震が走りました。

鵜飼:民間葬祭業者みんれびが始めた「Amazon」のネット上で決済できるお坊さんの出前法要です。待ち合わせ場所を指定して、葬儀や法要をしてもらうという仕組みで、例えば火葬場で待ち合わせをして1回お経を拝んで5万5000円、一周忌などの法要なら3万5000円です。

 直葬が増えてきたから「Amazon」の「お坊さん便」も支持されているのだと思います。これに対して全日本仏教会は、「布施の理念に反する」としています。金額を設定するとは何事か、それを払えない人はどうするのか、そもそもお布施は払う側が決めるのであって、もらう側が決めるものではないと。しかし、都会の人には非常に受け入れられている現実があるわけです。仏教会と社会が二分されてしまっているような状況です。

和顔愛語、布施が脳にも喜び生む

司会:確かに私の寺でも、お布施にいくら包んだらいいですかと聞かれる場合も多いですし、聞くのもちょっと聞きづらいという雰囲気を感じることもあります。吉水さんはどうお考えですか。

吉水:お布施の理念を言いましてもそれが説得力を持たない理由もあるとは思います。インターネットで調べれば、さまざまな本山に料金が明示されているわけですね。お寺側がそもそも料金を明示していて、経済的な活動としてお布施を考えているじゃないかと言われても仕方がないように思います。

 布施という言葉が日本においてだけ、経済行為としてしか使われなくなってきてしまった背景には、宗教行為として知らしめるような、行いで見せることが足りてこなかったことがあるのかなと感じています。

司会:そもそもお布施とはなんでしょう。

吉水:私は自らが他者に何かをさせていただくことであると思います。お金の掛からないお布施としては笑顔で接するとか、優しい言葉を掛けるというようなものもある通り、決してお金を渡すということだけではないですし、施米のように、お米など食べ物をお布施することだって伝統的に行われてきています。他者に対して、宗教者に対して差し上げることが、自分の身から財物を離す修行になるということが基本にあります。

 でも、お坊さんたちがいくら口で説明しても説得力がないのは、その布施を行うことが、どれだけ素敵なことかを行為で示せていない仏教者の責任もあるかと思うのです。布施の功徳の別名を幸福の田んぼと書いて、福田(ふくでん)と言います。つまり、私たちがどうやったら幸せになるのかといったら、自ら他者が望むことをさせていただくことが、かえって自らを豊かにさせていく、そういう循環があることを私自身、仏教者自身がもっと自ら行っていかなければ、布施の意味がなかなか伝わっていかないのではないかと思っています。

養老:脳科学で言いますと、人間は人に役立つことをしたり、いいことをすると、脳がひとりでに報酬を出します。だから人は人に親切にしたいんですよね。