読者にも、書店員さんにも、こんなにたくさんのプロレスファンがいたなんて! 新鮮な驚きでした。

三田佐代子という生き方

 「プロレス業界で絶大な信頼を誇る三田さんの初めての著書とあれば、売れないはずはない! 少なくとも失敗はない」。発売前からそう断じる事情通は少なくありませんでした。

 なぜ、三田さんにはこれほど人望があり、支えてくれるファンがいるのでしょうか?

 さかのぼること20年前。三田さんは、もともと静岡で局アナとして働いていたのですが、フリーになってから、プロレスキャスターとしての道を歩き始めます。右も左もわからない、知識ゼロの状態だったにもかかわらず、あの古舘伊知郎さんの事務所に所属したという縁だけが、きっかけだったそうです。ところが、今ではおよそ1万もの試合を観戦・取材をし、「世界で唯一の女性のプロレスキャスター」としてのキャリアを切り開いたパイオニアに。

 三田さんはメジャー、インディー、女子、裏方、メディア――これは本書が取りあげた章立てに重なりますが――プロレス界の多様さ、奥深さに対して愛着と好奇心をもって接しています。ゴージャス松野さん(女優・沢田亜矢子さんの元夫)のように、ワケありでプロレスにたどり着いた人たちに対しても、実にあたたかい視線を注ぐことのできる人です(本書、「震災とプロレス」の章を参照)。どんな人でも受け入れる懐の深さがプロレスにはある、と三田さんはおっしゃいます。

 私が2年間におよぶ制作過程で感じたのは、「三田佐代子という生き方」は、幅を広げ続けることと、とことん愛情をもって掘り下げ続けることを両立させた生き方だということです。

生き方論、仕事論としての「プロ生き」

 ところで、冒頭で私は今回初めてプロレスの本をつくったと申し上げましたが、実はその前に一度だけ、プロレス企画の打診を受けたことがありました。

 ちょうど、プロレスが総合格闘技ブームに押されている氷河期時代。十数年前の出来事です。ライターさんの真摯でひたむきな姿を前に、通り一遍の断りを入れるだけでは済まないと思い、「この先何冊の本を担当できるか分からない中で、手がける本は選びに選びたい。この企画に真剣に賭けている◎◎さんなら、僕の気持ちをおわかりいただけるものと思います」というような手紙を送りました。

 ライターさんは、必死の思いで低迷するプロレスにエールを贈ろうとされていたのだと、今なら理解できます。私は当時の自分の、思い上がった若気の至りを懺悔しなければなりません。

 「三田佐代子という生き方」が教えてくれるように、今なら「専門外だから」と切り捨てないことの大切さがわかります。自分の幅を広げることで、引き出しが増え、可能性が広がるかもしれません。あっちの話とこっちの話がつながって化学変化することもあるでしょう。

次ページ 幾つになっても学び続ければ、成長できる