あるいは、階段の幾何学構造を把握できず、歩行が困難になる。ほんの5ブロックを歩くのに1時間半かかる。ATMからお金をおろそうとして、その「手順」が見えない。「金曜日」がなにかわからなくなる。一度にひとつのことしかできなくなる。なじみのある建物が初めて見たように見える。知覚フィルターを通す前の「生の」感覚情報に気がとられる。これらはすべて、脳に衝撃を受けたことによる脳震盪症の症状でした。

 さらには、脳が疲れ切った状態になると、「距離」「中央」「内部」「左」「右」などといった、もっとも基礎的な概念にさえ、アクセスすることができなくなってしまいました。その状態で車に乗って帰宅しなければならない。食料品を買わなければならない。まさにサバイバルです。

 よくもまあ、こんなことが起きたなあと思いますが、著者のクラーク・エリオットさんはたまたま、小学6年生でカリフォルニア大学バークレー校の数学と物理学の講義を聴講していたという一種の天才で、極端にすぐれた視覚、聴覚、メタ認知(自分の経験を観察する能力)の持ち主でした。そのため、「人工知能の研究者が、スローダウンした脳の処理プロセスの一つひとつを、類いまれなるメタ認知能力で観察する」というミラクルな事態が生じました。克明に綴られた当時の記録から、ふつうは知ることができない意識下のプロセスが浮かび上がってきます。

 『触楽入門』のなかでも語られていることですが、「視覚」と「触覚」が同期し、統合されることが、「私の身体」や「現実感」の基盤になっていると考えられています。『脳はすごい』を読むとわかるのは、この「視空間表象」が崩壊したとき、一体どんなことが起こるのかということです(エリオット教授は強力なヴィジュアル思考タイプなので「視覚」と表現されていますが、『触楽入門』の立場からは、「視覚‐触覚的」と言ってもいいのではないかと思います)。

回復は特殊な「メガネ」と「パズル」で

 自分の身体を三次元空間のなかに位置付けられないため、「行動を開始する」きっかけが見つからなくなる。リンゴとサラミのどちらを先に食べるべきかの意思決定ができなくなり、食べ物が目の前にあるのに2日間食事がとれない(そのため、彼は友人に電話をかけ、「サラミを先に食べてからリンゴを食べろ」と命令をしてもらわなければなりませんでした)。こうしたことから、選択や計画には、(例えば「二股に分かれた道」のような)視空間的メタファーが必要だということがわかります。

 「もはや非人間になってしまった」と感じるほどの絶望的な状況にもかかわらず、エリオット教授は、超人的な努力で、大学教授兼シングルファーザーとしての責務を果たしていきます。そして事故から8年後、ついに、「これまでに回復した例はない」と言われてきた脳震盪症を克服する手立てにたどり着くのです。

 彼の脳震盪症を治したのは、手術やリハビリではありませんでした。ほんとうにびっくり仰天してしまったのですが、彼を回復させたのは、脳の状態にあわせて処方された特殊な「メガネ」と、視覚を使って解く一種の「パズル」でした。瞳に入ってくる感覚情報を微細に調節することで、脳の配線を変化させると説明されていますが、驚異的!としか言えません。エリオット教授は、脳の驚くべき可塑性の生き証人です。

大槻美和(おおつき・みわ)
1981年生まれ。朝日出版社第二編集部に所属。本書のほかに、『断片的なものの社会学』(岸政彦著)、『サイコパスをさがせ!』(ジョン・ロンソン著)、『邪悪な植物』『邪悪な虫』(エイミー・スチュワート著)、『西洋絵画のひみつ』(藤原えりみ著)など担当。