(前編の瀬戸内寂聴さんから読む

(写真:宮下マキ)

 後編に登壇するのは池上彰さん。NHK時代、週刊「こどもニュース」のお父さんとして全国的な人気を獲得していたにもかかわらず、54歳で独立の道を選びます。なぜ、知名度も安定も捨てたのか。そしてなぜそのあとさらに活躍できたのか。池上流、50歳からの独立法、ビジネスパーソン必読であります。

 『95歳まで生きるのは幸せですか?』では、95歳の作家、瀬戸内寂聴さんと対談をされました。

 寂聴さんとお会いしたのは2回目です。以前と変わらずお元気で、耳はしっかりさえているし、弁舌は切れ味鋭く、なにより頭脳明晰。95歳にしてバリバリの現役でいらっしゃる。あいかわらずステーキがお好きですし(笑)。

 やはり、社会とずっと関わっていらっしゃる、というのが、お年を召しても活躍し続ける秘訣だなあ、と思いました。寂聴さんは、いまも作家として毎日執筆活動を欠かさないそうですし、たくさんの信者さんをお相手に法話をされている。人の悩みを聞いて、それに答える。いろいろなひとの目にさらされている。現役であり続けるための重要なポイントです。見られていると人は老けないものです。

 本書では、いまも現役作家で活躍されている寂聴さんと、超高齢社会に突入しつつある日本の問題について論じていらっしゃいます。

 寂聴さんは、人気作家でありながら51歳で出家をされました。私もほぼ同年代、54歳でNHKを退局し、フリージャーナリストの道を選びました。50歳前後というのは、人生の岐路となるタイミングですね。今流行りの言葉でいえば「ライフシフト」をする時期なのでしょう。

50代で砕け散った将来設計

 池上さんの場合、NHKというやりがいのある、しかも安定した職場を、なぜあと数年で定年というタイミングで去ったのですか?

 大きな理由は、解説委員の道を閉ざされたからです。

 NHKの記者には2つの道があります。1つは、「ライン」に乗る。要するに普通の出世ですね。記者として現場回りをしたあとに、デスクとなって、第一線を退き、副部長になり部長になり、あるいは地方で放送部長になり放送局長になる。この道を歩むと、デスクになるのはだいたい30代終わりですから、割と早い段階で現場取材をして自分で原稿を書くことができなくなります。部下の記者の原稿を直したり、取材を指示したり。つまり管理職になる。

 新聞にしてもテレビにしても、日本の記者の世界は、ベテランは一律にデスクになって現場から卒業しちゃうという悪癖があります。官邸の記者クラブのシーンがときどきニュースに映りますが、記者の後頭部はだいたい黒々としている。20代30代が多いからですね。これが、アメリカのホワイトハウスの記者たちを見ると、まったく違う光景になる。記者たちの後頭部は、真っ白か、ぴかぴか。つまり超ベテランの記者たちが現役で最前線に陣取っているわけです。

 私はジャーナリストをやりたくってNHKに入局したので、定年退職するまで現場で取材をしたかったんです。NHKはそんな記者のために、ラインの出世コースとは別のポストを用意しています。それがもう1つの道、解説委員です。解説委員になれば、自分の専門分野を持ってずっと現場取材ができます。

 では、解説委員になればよかったのでは?

 もちろん、なりたかった。でも、なれなかったんです。