第155回芥川賞に選ばれた「コンビニ人間」が幅広い層に読まれている。主人公は36歳の未婚女性で、コンビニエンスストアのアルバイト歴が18年。子供の頃から社会の常識になじめず、これまで一人も彼氏がいないが、マニュアルに沿ってコンビニで働いているときだけは、「世界の正常な部品」になったと、安心することができるのだ。そこに婚活目的の男性が新人バイトとして入ってきて、物語は展開していく。
 著者の村田沙耶香(37)さんは、作家業と並行して、コンビニの店員を続けていて、そのバイトの体験を元にした小説を初めて書いた。世の中の人が信じる「普通」とは何なのか。そんな問いを投げかける受賞作に込めた思いや、これからの創作活動について聞いた。

(聞き手は鈴木哲也)

受賞が決まってから、どんな気持ちで過ごしてきましたか。

村田 そうですね。自分の小説について、こんなにいろんな人からいろんな言葉をもらった1カ月間はないというくらい、感想やお祝いの言葉、厳しいお言葉も含めて、すごくいっぱい栄養をもらいました。次に書くための栄養をもらった1カ月間だなと思っています。

村田沙耶香(むらた・さやか)<br>1979年千葉県生まれ。小説家。玉川大学文学部芸術学科芸術文化コース卒業。 <br>2003年、「授乳」で第46回群像新人文学賞優秀作受賞。 <br>09年、『ギンイロノウタ』で第31回野間文芸新人賞受賞。<br>13年、『しろいろの街の、その骨の体温の』で第26回三島由紀夫賞受賞。<br>16年、『コンビニ人間』で第155回芥川龍之介賞受賞。 <br>他の著書に『マウス』『殺人出産』『消滅世界』など。(写真:的野 弘路)
村田沙耶香(むらた・さやか)
1979年千葉県生まれ。小説家。玉川大学文学部芸術学科芸術文化コース卒業。
2003年、「授乳」で第46回群像新人文学賞優秀作受賞。
09年、『ギンイロノウタ』で第31回野間文芸新人賞受賞。
13年、『しろいろの街の、その骨の体温の』で第26回三島由紀夫賞受賞。
16年、『コンビニ人間』で第155回芥川龍之介賞受賞。
他の著書に『マウス』『殺人出産』『消滅世界』など。(写真:的野 弘路)

村田さんにとってのコンビニは聖域なので、なかなか小説のテーマにする気にならなかったそうですね。どうして聖域だったのですか。

村田 自分自身、学校とかで、友達はいたのですが、話しかけてもらって友達になってもらうような内気な子で、積極的な子に救われながらの学校生活でした。大学生になって、コンビニでバイトすることで初めて、すごくいろんなことと対等になれたというか、対等な関係で友達になれた感じがありました。すごく自然に男友達ができたりとか、ちょっと上の世代の友達もできたりとか、自分ではすごく世界が広がった場所でした。自分にとってはすごく大切な場所で、あまりに感情移入もあり過ぎて、小説やエッセーにも多分あまりできないだろうなとずっと思っていました。

それでもコンビニの小説を書いてみようと思ったのは、どうしてですか。

村田 最初はオタクの女の子を主人公にして性愛を描いてみたいと思っていて、それを書いてはボツみたいなことを繰り返していました。前に書いた『消滅世界』という作品をずっと引きずっていて、担当の編集さんに「重なっていたら指摘してください」と言うと、「重なっていると思います」とおっしゃるのですね。それで、一旦全部捨てようと思ったのです。いっそオタクの女の子が主人公という設定も全部捨ててみようと思ったときに、コンビニという場所を舞台にしようかなと急に思いました。

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