なぜ東証は東芝を上場させ続けるのか

監査してもらうことに対する重要さをもっと認識しなくてはならない、ということでしょうか。

江上:そうですね。上場企業の監査は、大体東芝のような事件が起こると、いつも見逃していますよね。毎年十何億円もの報酬をもらっていれば、確かに不正を指摘するのは難しい。やはり直接報酬をもらって、「うちを厳しく見てください」なんて言われても、忖度してしまいますよ。

 であれば、金融庁がすべての上場企業から一定金額を徴収して、監査の負担に応じて配分して監査法人に支払えばいいと思うんです。金融庁が全くの第三者として、上場企業の監査法人を選んで、監査する。そんな仕組みがあればいいと思うのだけれど、誰も乗ってきませんね。

小笠原:東芝の監査を担っていた新日本監査法人は今回の問題を受けて、21億円の課徴金処分を受けました。けれど、それ以上の報酬をもらっていたとされています。こうした問題は、現状でも何かの運用を変えることで、変更できるはずです。調査権限や罰則を与える権限を持っている人々が「伝家の宝刀」を抜かないから、今のような状態になってしまっていると思うんです。

江上:司法の話と同じですね(詳細は対談前編「東芝の粉飾決算は第一勧銀の総会屋事件と同じ」)。

小笠原:はい。東京証券取引所が東芝を上場させ続けているのも疑問ですね。東証の今の姿勢は、東芝の現状を追認していることになりかねませんから。

江上:ただ、司法による罰則を強化すれば良くなるかというと、それも難しいでしょうね。

小笠原:死刑制度があるから犯罪が減るのかというと、そうとも言い切れませんからね。

江上:罰則を強めれば企業のガバナンスが正常化するとデータで証明できればいいのですが。ひょっとすると、罰則そのものは昔より強化されているけれど、みんなが縮こまりながら仕事をしている可能性もあるかもしれませんしね。

「結局、悪いことをするのは人」

私たちビジネスパーソンは、一連の東芝の不正会計問題から何を読み取ればよいのでしょうか。

小笠原:結局、悪いことをするのは人なんです。先ほど社外取締役の議論でもありましたが、制度を整えても悪事をしようと思えばできてしまう。東芝だって、制度だけ見ればぴかぴかの企業です。けれども結局、企業ぐるみで不正会計に長年手を染めていました。企業の文化にそうしたものが染みついてしまえば、やはり簡単には変われないのかな、と思ってしまいます。

江上:私は小説『病巣』の中で、5人の若い社員たちに、それぞれの役員の背中を見せるような物語を描きました。役員たちの古い価値観に違和感を抱いた若手社員に、それを打ち破る勇気を持ってもらいたいという思いを込めたんです。

 東芝であろうが、東芝もどきの会社であろうが、モチーフにした会社がいかに悪いか、ということは別に読み込んでいただかなくても構いません。大切なのは、ダメな会社を何とか輝くもの生まれ変わらせるには、老獪な年寄りの背中を若手社員がじっくりと見て、彼らを乗り越える勇気を持つこと。そんな勇気が持てる日本社会や日本企業であれば、まだまだ未来があるんじゃないか、と思っています。

 気を付けなくてはならないのは、昨日までの名門企業だって、ある日突然ダメになるということです。それは何も不正ばかりではありません。「昨日と同じことが明日も続く」と考えて経営判断を下していたら、急に潮目が変わってしまうんです。自社の技術や商品が、ある瞬間に全く時代遅れになってしまうんです。

 その恐ろしさを肌で分かるのは、現場の若い人、中堅の人だと、私は思っています。その時、経営トップはどうするのか。ひょっとしたら引退するのか。もしくは若手を起用するのか。どちらにしても、この恐ろしさや、潮目の変化が見えてない企業は、この先は滅びるのかもしれませんね。