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「逃げてしまうと後悔する」

江上:『病巣』の主人公たちのように、社員が自分で考えて動き出さないと本当の再生はできません。きっと小笠原さんのところに内部告発しに来た人も、東芝が潰れてほしいとは思っていないはずです。「直接矢面に立って告発することはできないけれど、何とかしてくれませんか」という思いで来たのではないでしょうか。

 

 僕は、あえてリスクを取って告発する人の気持ちが理解できるんです。私自身、第一勧銀の総会事件もそうだし、その後で日本振興銀行の社長を引き受けて、日本初のペイオフを実施して自殺寸前まで追い込まれた時も、「ここで放り出して逃げたら、一生後悔する」と思ったんです。

 もちろん逃げるのが一番楽なんです。だけど、逃げてしまうとやっぱり後悔する。不正を知って黙ったまま転職したとしても、その後で自分の古巣がどんどん朽ち果てていくのを遠くから見て、悲しいけれど笑えない。そんな気持ちは理解できます。

「メディアが忖度してはいけない」

江上:日経ビジネスは早くから東芝問題に注目していましたよね。

小笠原:最初に「不正会計」という言葉を使ったのは私たちだと思います。いまだに「不適切会計」と書いているメディアもありますが。

江上:私もコメンテーターとしてテレビ番組に出演していて、慎重になった時期はありましたね。最初はどの新聞も「不正」ではなく「不適切」と書いていましたから。みんなが横並びで「不適切」と書いている中で、日経ビジネスだけは「不正」と言い切っていた。

小笠原:メディアが忖度してはいけないと思っていました。「我々は“不適切”ではなく、“不正”と呼んでいます。だから我々のところに情報を持ってきていただいたら、ちゃんと裏を取って報じます」。そんな姿勢を明確に打ち出したから、たくさんの内部告発が集まったんだと思います。

江上:やっぱりどう考えても、「不適切」ではなくて「不正」ですからね。

「まだ名門企業でいられるのではないか」という甘え

2015年4月に問題が発覚して、2年以上経ちました。その後、東芝の事件を通して日本の産業界や経済界は何か変わりましたか。

小笠原:第一勧銀の総会屋事件では、司法が一定の役割を果たしたのでしょうか。

江上:あの時に司法のような役割を果たしたのは、マスコミでした。当時のメディアは今のように忖度せず、どんどんと新しい事実を報じていました。新しい事実が次々と出てきて、僕はそんな告発の内容をいろいろと調べて役員に突きつけていました。すると役員たちは否定するわけです。

 けれど、実際には告発の内容の通りなんです。検査をごまかしたり、担保の評価を水増ししたり、行内の規定から外れたことが随分ありました。それを僕が聞くと、「バブルの時はこれが普通だったんだ」と言ったりする。

 それに対してマスコミが全く違うところから光を当てて、ようやく「やっぱりこれは間違っていたんだ」と行員の意識が変わっていきました。きっと東芝社員も、最初は不正じゃないと思い込もうとしていたんじゃないでしょうか。

小笠原:第一勧銀と比べると、東芝の問題ではマスコミの追及が甘いのかもしれませんね。

江上:今も甘い気がしますね。追及が甘いから、社員も立ち上がれないのではないでしょうか。「自分たちはまだ名門企業でいられるのかもしれない」という甘えが、まだどこかにあるのかもしれません。