労働問題の解決は全体構造の把握から
『政治主導で挑む労働の構造改革』著者、穴見陽一衆議院議員に聞く
同一労働同一賃金、長時間労働是正、労働人口の減少など、労働問題に関する記事が新聞一面にしばしば載るが、対策はなかなか進まない。いわゆる日本型雇用慣行に社会保障や税制の仕組みが絡み合う、構造問題になっているからだ。
「構造問題に対してはグランドデザインを描き直し、あるべき姿に向けて、順を追って、しかも一貫性のある改革を進めなければならない。つぎはぎだらけの対策では、こちらを立てればあちらが立たずといったことになり、いっこうに解決できない」
穴見陽一衆議院議員はこのように指摘し、著書『政治主導で挑む労働の構造改革』を先頃出版した(元厚生労働大臣の川崎二郎衆議院議員との共著)。穴見氏に同書を出した意図を尋ねた。
(聞き手は谷島 宣之=日経BP未来研究所 上席研究員)
本書の内容の幅は広いです。少子化対策、同一労働同一賃金や長時間労働是正、女性や高齢者の活躍、地方産業や中小企業の強化、テレワーク等々、昨今議論になっている事項がほとんど取り上げられています。
本書でやりたかったのは、労働問題の全体構造を示すことです。そこで題名に「労働の構造改革」という言葉を入れました。記述が少々専門的かもしれませんが、通読いただければ、私たちが取り組まなければならない問題の全容と、改革への方向性がつかめると思っています。
何事においても解決への第一歩は問題の全体構造を把握することです。少子化対策にしても長時間労働是正にしても、これまで個別に色々な手が打たれてきたわけですが、つぎはぎだらけの対策にとどまり、こちらを立てればあちらが立たずといったことになって進みませんでした。
構造の問題ですから、グランドデザインを描き直し、あるべき姿に向けて、順を追って、しかも一貫性のある改革を進めなければなりません。政治や行政の実務に携わる方々、そして経済界と労働組合の指導者の方々が本書を読み、日本はどのような社会に向かうべきか、そのために何をすべきか、一緒に考えていただければと思い、執筆しました。
改革の実行においては政治の役割が極めて大きいと考えています。様々な立場の方々の利害が絡み合いますから、政治が対立を調停し、改革を進めるべきです。あえて本書の題名に「政治主導」と入れたゆえんです。
安倍政権が掲げる1億総活躍の取り組みに呼応した内容になっています。これは意図したことでしょうか。
直近の政府の動きを見越していたわけではないのです。2012年に初当選した時から、高齢者の労働市場を作りたい、そうしないと日本は保てない、という問題意識を持っていました。このままでは経済、社会保障、国防すべてにおいて担い手が足りなくなり、財政も社会保障も危険な状態に陥りかねません。
小手先の対策ではなく、労働の構造改革を断行しなければならないと考え、2013年11月に発足した自民党有志の私的勉強会「多様な働き方を支援する勉強会」で事務局長を務めつつ、労働問題について勉強を続けてきました。昨年11月には『これまでの労働に関する構造の変革への提言』を勉強会のメンバーでまとめました。提言書の内容が今度の本の基になっています。
構造問題とは要するにどういうことですか。
政治や経済そして社会の構造が変わったにもかかわらず、労働や社会保障の構造がその変化に付いていけず、歪みが大きくなってしまったということです。
構造変化に対応できない大きな理由として、しばしば指摘されています通り、いわゆる「日本型雇用慣行」の存在があります。本書では「メンバーシップ型雇用」と呼んでいます。これが高度経済成長時代の成功体験として根強く残っており、変化に応じた多様な働き方を結果として阻害しているわけです。
「順を追って、しかも一貫性のある改革」を進めるとのことですが、具体的にはどうなりますか。
日本型雇用慣行の改革に加え、働ける方々の数を増やすこと、地方産業や中小企業を盛り立てて働く場を増やすことも進めなければなりません。本書では、人材・産業・雇用の一体改革と言っています。
女性や高齢者で働きたい方々の希望をかなえる、それが突破口でしょう。女性活躍に関して言えば、託児所の問題もありますし、被用者保険の適用基準や所得税控除、配偶者手当てといった社会保障や税制について見直す必要があります。
増える働き手の多くはパートタイマーになると思われますので、正社員との役割分担や所得格差といった問題への対処、労働法規違反を防ぐ監督体制の拡充、などを進めることになります。今、同一労働同一賃金を議論しているのは不合理な格差を是正するためです。政府や自民党内で議論を進めていますし、私も積極的に発言し、提言を書いています。
構造問題の中心に日本型雇用慣行があるとのことですが、長所があるから日本型は長続きしてきたのではないですか。
それはその通りです。勉強会ではメンバーシップ型雇用のデメリットだけではなくメリットについても意見交換をしてきました。本書の中でもデメリットとメリットの双方について詳しく記述しています。
格差といった場合、同一企業グループ内の正規雇用・非正規雇用の格差だけではなく、元請け・下請けの格差、地域間賃金格差、雇用者と個人請負の格差など、色々あります。これらを一切合切、欧米型の仕組みに変えたら、大変な混乱が生じるでしょうし、日本の競争力をかえってそぐことになりかねません。簡単ではありませんが、日本の雇用や労働の良い部分を残しつつ、不合理や不公平を一つひとつ是正していくことになります。
中小企業の経営者にもっとチャンスを
労働者を守るために労働基準監督官の大幅増員、地方産業の集約を進めるために新陳代謝が進む環境の整備、といった指摘が本書に出てきます。中小企業にとってかなり厳しい話です。
厳しいのはむしろ現状です。地方の企業や中小企業・小規模事業者にとって、本当に厳しい経営環境とは過当競争です。上手くいっている事業なら集約する必要はありませんが、儲からない、もしくは赤字続きの事業であっても、なかなか手を引けない。事業を整理しにくい環境にあるために頑張らざるを得ないことが、過当競争に拍車をかけ、経営者を苦しめています。
経営者の方には儲からない事業から良い意味で簡単に手を引いて、儲かりそうな新事業など他の新しい活躍の場に転身し、大いに活躍をしていただきたいのです。そしてもっと経営力を高めてもらい、成功する経営者がどんどん生まれて欲しいと願っています。それが働く場を増やすことにもつながります。
書き残したテーマはありますか。
重要なテーマとして、雇用の外にある労働の改革があります。建設や土木、運送といった業種において深刻な労働力不足とそれに伴う過重労働の問題が起きています。今後の成長分野として期待されているICT(情報通信技術)の業種も人材が足りません。これらの職種に従事する人々は個人事業主として仕事を請け負っており、企業に雇用されていない場合があります。
ところが個人事業主とはいうものの、実態としては、正味の収入は最低賃金を下回り、被用者保険に加入できない厳しい労働環境で、指揮命令を受け、雇用者のように働くことを余儀なくされている人たちがおられます。多様な働き方を支援する勉強会は今後、この辺りを議論していきます。
この問題も構造的です。発注者を含めたシステム全体の問題ですから。発注の方法や契約にまで踏み込んで対策を講じる必要があると考えています。
それから、生活困窮者の自立支援について別の私的勉強会をつくって勉強を進めています。こちらもまた大きなシステムの問題です。労働改革とも関係しますが、生活保護と更生保護のために、色々なセーフティネットと自立支援策を用意しなければなりません。
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