インテリジェンスのセンスは、日本でいう「粋」に通じていますか。ゾルゲを筆頭に、ご本の中に描かれる畸人たちは、粋ですよね。

手嶋:「粋」が「粋」として通用するには、面白い人物でなければ。やはり、幼少期から奇想天外な人生を送ってきた人には、かないません。その意味で、世界中の男で文句なく面白いのは、やはり圧倒的にイギリス人。

彼らを「ブリティッシュ・エキセントリック」と表しておられますね。

手嶋:先ほどお話したとおり、何しろ彼らは、19世紀のグレート・ゲームを戦ったツワモノたちの子孫ですからね。たとえばイギリス情報部育ちの作家を挙げると、ジョン・ル・カレ、イアン・フレミング、グレアム・グリーン、サマセット・モーム、フレデリック・フォーサイスと、次から次へと出てきます。

サービス精神のない自伝は犯罪的だ

絢爛豪華な畸人祭り、ですね。

手嶋:たとえばフレデリック・フォーサイスの自伝、これ、最高に面白い。退屈な事柄はすべて削ぎ落としているからです。読者への徹底的なサービス精神に貫かれています。

 日本によくあるでしょう、大きな会社の広報部が作るような、エライひとの「私の履歴書」。あれほど、読者へのサービス精神が欠如したものはありません。リスクを回避し、微妙なことは一切書かない。面白くも何ともありません。そのような内容を、人に読んでもらおうとすること自体が、犯罪的だと思います。実際に、そういうトップをいただいた会社が、凋落の道をたどることは多い。

うーん。

手嶋:お手盛りの自叙伝と極端に違うのが、フォーサイスの自伝に代表される、イギリス人のインテリジェンスオフィサーのものです。とにかく読者を一分たりとも退屈させない。

そのサービス精神は、どこに起因するのでしょうか。

手嶋:イギリスの歴史が複雑怪奇だからでしょう。複雑にして怪奇な人格は、歴史の中で育まれます。これが面白い自伝の水脈を作っていくのです。

 フォーサイスは伝統的なパブリックスクールの出身で、ケンブリッジ大学の入学資格を得ていたのですが、大学には行かずに、パイロットを目指します。そういう「横道にはずれた天才」を育む土壌が、イギリスにはある。

 それに比べて見てごらんなさい。霞が関、虎ノ門あたりで、周囲に聞き耳を立てて、一つぐらい面白い話はないか? と思っても、そういう話は、まったく耳に入ってきませんから。幼少期を学習塾で過ごすことの悲劇でしょう。

ご著書をテーマにお話をうかがっている中で、いちばんの畸人は本書の書き手ではないか、という疑惑が、私の中に湧き上がっております。

手嶋:ブリティッシュ・エキセントリックに比べると、僕なんかもう真面目が洋服を着て歩いているようなものです。

 しかし、以前に名うての編集者からこう言われたことがあります。

「手嶋さんは少しおかしい。同世代の人が持っている経験が、あなたには全然ない」

 そう言われて、ぼくはかなり反発したんです。しかし、よく考えてみたら、その通りでした。

 ぼくが育った時代は、高度経済成長の右肩上がりの時代で、作家の山口瞳の言で言うと、サラリーマンになって、公団アパートで所帯を持って、一所懸命に働いて一戸建て、というすごろくがあった。でも、ぼくは、その時代に、右肩下がりで真っ逆さま、という環境で育ちましたからね。父親が北海道の芦別で、炭鉱を経営していたのです

戦後民主主義は虚妄だ、と、子供時代に知る

ということは、大変なお坊ちゃんであられる。

手嶋:いえ、誤解です。炭鉱は昭和20年代から30年代の前半が最盛期で、最も羽振りがよかった。でも昭和30年代の半ばを過ぎると凋落が始まり、40年代にはくっきりと陰りが出てきます。昭和24年(1949年)生まれのぼくは、ですから高度経済成長を知らない。

 北海道は日教組の中でも、さらに先鋭で過激な北教組の牙城。彼らのテーゼは「競争はよくない」ということでしたから、北の大地には受験戦争もありませんでした。先生たちはみんな第2種兼業農家なので、学校もしょっちゅう休みになるわけです。

 それで先生たちは、資本家のわが家で、いつも酒盛りをしていました。父のもとには、労働組合の闘士、右翼、元満州国の高級官僚、さらには逃亡中の戦犯容疑者とありとあらゆる人たちが雑多に集まっていて、さながら梁山泊でしたね。

 そんな環境で育ったがゆえに、戦後民主主義が虚妄だということが、肌で理解できました。ですから、もう、歩く虚妄です(笑)。

 

歩く虚妄……。スパイ、裏切り者、詐欺師とは言いませんが、それはそれで、本の副題である「インテリジェンス畸人伝」に連なる、日本発の栄えある畸人ですね。

手嶋:……うん、自分ではまともが背広を着ていると思っているのですが……。

(聞き手・構成 清野 由美)