
(前編から読む→こちら)
現在、北朝鮮の挑発がいよいよあからさまになっています。<前編>では、トランプ大統領とアメリカの情報機関とのぎくしゃくした関係が、現下の事態に影を落としているということでした。それはどういう意味なのでしょうか。(文中敬称略)
手嶋:本来、超大国アメリカが戦略正面としてきたのは、中東と東アジアの二つ。同盟国である日本の立場からすれば、東アジアにも十分な抑止を効かせてもらわなければいけません。しかし、2001年9月11日の同時多発テロ事件をきっかけに、アメリカは持てる外交、情報、軍事のすべての力を中東に注いで、アフガン戦争からイラク戦争へと突き進んでいきました。
池上:ジョージ・ブッシュ政権の下で、9.11の翌月にはアフガニスタンへの軍事介入が始まり、イラク戦争へと向かっていきましたね。2006年にフセインを処刑し、2011年にオバマが戦争の終結を宣言はしましたが、その禍根はISといった新たな形となって、今日に至っています。

外交ジャーナリスト・作家。1949年、北海道生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。元NHKワシントン支局長。2001年の9.11テロ事件では11日間にわたる24時間連続の中継放送を担当。自衛隊の次期支援戦闘機をめぐる日米の暗闘を描いた『たそがれゆく日米同盟―ニッポンFSXを撃て』、湾岸戦争での日本外交の迷走を活写した『外交敗戦―130億ドルは砂漠に消えた』(共に新潮文庫)は現在も版を重ねるロングセラーに。NHKから独立後の2006年に発表した『ウルトラ・ダラー』(新潮社)は日本初のインテリジェンス小説と呼ばれ、33万部のベストセラーとなる。2016年11月に書下ろしノンフィクション『汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師-インテリジェンス畸人伝』を発表。(写真:大槻純一、以下同)
手嶋:その結果として、もう一つの戦略正面である東アジアには、巨大な力の空白が生じることになりました。そのことを、もっともよく分かっていたのが、北朝鮮の独裁者です。金正恩委員長の見立ては、まことに怜悧で精緻としかいいようがありません。
つまり、アメリカの弱点を見抜いている。
オバマ政権の「戦略的忍耐」の結果
池上:実際、3月に入ってからも次々とミサイルの発射実験を行っています。22日の1発は失敗しましたが、それに先立って6日に行った4発の弾道ミサイルのうち3発は日本の排他的経済水域に達しました。ミサイルの小型化や射程の精度も徐々に上がっています。
手嶋:国連安保理の非難決議など、正恩にとってみたら、蚊に刺されたようなものです。
そんなことでいいのでしょうか。
手嶋:よくありません。東アジアにこんな事態を作り出してしまったのは、超大国アメリカの責任です。とりわけオバマ時代。「戦略的忍耐」などと言い訳をしていましたが、何もしないことを、外交的な修辞でごまかしていたにすぎません。
池上:中国が南シナ海を埋め立てて島を作って、軍事基地化をあからさまにしたのも、オバマ時代ですからね。
手嶋:軍事力の行使という伝家の宝刀など抜かないほうがいいに決まっています。しかし、オバマ時代のアメリカは、伝家の宝刀が懐にないことを北の独裁者に見透かされてしまっていたのです。
情報機関は「政権が求める情報」を出しがち
アメリカの大統領がオバマからトランプに代わったのは、日本にとってマシな方向だったりするのでしょうか。
池上:前編でお話したように、トランプ政権は運営面で問題が山積みです。とりわけインテリジェンス方面では、大統領と情報機関のいがみあいが、かつてないほど深まり、また表に出てしまっている。それは、日本にとって、まったくいいことではありません。
手嶋:インテリジェンスの鉄則を言いますと、情報機関は「指導者の決断を誘導するような情報操作をしてはならない」ということが第一にあります。意思決定をする人と、情報を収集・分析する組織は、厳格に隔てられているべきです。情報機関が恣意的に機密情報を権力者にあげて、決断のあり様を操る、などということはあってはならないからです。
情報に色を付けるべきではない。建前としては分かりますが、守れるものなのでしょうか?
手嶋:ここは守らなければ国を誤ります。イラク戦争がその悪しき例です。ブッシュ大統領は、イラクが大量破壊兵器を保有しているという誤った情報を導かれて、イラクと戦端を開いたのですから。
池上:実際、ブッシュ大統領がイラク戦争に踏み切るきっかけになった、イラクの大量破壊兵器保有の情報は、報償に目がくらんだ情報提供者「カーブボール」の狂言だったことが明らかになっています。
「カーブボール」という暗号名が付けられた人物は、当初はドイツの情報機関が事情を聴いていたんです。その結果、「情報が正確かどうか疑義が残る」という注釈を付けてアメリカに引き渡したのですが、アメリカは信じてしまった。
はあ…。
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