手嶋:小さなことと思われるかもしれません。ですが、この手の機微に敏感なことは、指導者にとって、大変に大事なのです。たとえば国賓としてアメリカに招かれた人は、アーリントン国立墓地を訪れて、そこで必ず頭(こうべ)を垂れます。そうやってアメリカの歴史に敬意を払うことが、外交の重要な儀礼なのです。

 アーリントン墓地には無名戦士の墓もありますが、居並ぶ墓標には、戦争で亡くなった兵士たちの名前がそれぞれ刻まれています。CIAの黒い星は任務上、名前が入っていないのだから、その機関の人たちはなおさら強い帰属意識を共に持っているわけです。そこに鈍感な大統領ということであれば、これはもう、怒りをもって見つめるしかないでしょう。

池上:ですから、CIAは表敬訪問のときから、トランプに情報を出さなくなった、と言われています。これを聞いて、ぼくはウォーターゲート事件を思い出したんですけど。

手嶋:あれも盗聴でしたね。

池上:1972年、やはりアメリカ大統領選挙戦の最中でした。ニクソン共和党大統領の再選を目論んだ人たちが、民主党本部のあるウォーターゲートビルに盗聴器を仕掛けたのですが、盗聴器の具合が悪くて、再調整に行ったところで捕まった。当初は末端の小物によるコソ泥盗聴と思われていましたが、実は背後にはニクソンにつながる大物がいた。

 建前は別にして、インテリジェンスの世界では、盗聴はよくあることです。でも、この事件は、ワシントン・ポストのウッドワードとバーンスタインという二人の記者によって、広く世の中に知られることとなり、有権者の怒りを買ったニクソンは、大統領の任期途中で辞任という前代未聞の身の引き方をせざるを得なかった。ここでもメディアと大統領の緊張関係がありますね。

手嶋:当時、ワシントン・ポスト側に内部情報を提供した「ディープ・スロート」と呼ばれる人物が話題になりました。事件から30年以上たって、事件が「歴史」になったとき、「ディープ・スロート」は当時のFBI副長官だったマーク・フェルトだった、と本人が自ら名乗り出て、明らかになりました。

 要するに「FBIがニクソンのやり方に怒っていた」ということですが、内部情報をリークする際は、出所が絶対に分からない形でしていました。これも大統領と情報機関との関係を示す事件ですよね。

北朝鮮の姿勢は、アメリカのインテリジェンス不調の表れ

池上:いま、時代とともにリークの仕方も変わってきているでしょう。

手嶋:ジュリアン・アサンジが始めたウィキリークスと、元CIAでNSAの仕事もしていたエドワード・スノーデンの暴露、それからパナマ文書。そのいずれもが歴史を塗り変えました。とりわけウィキリークスは、告発する側にとっては極めて安全な装置です。だれがリーク者なのか、その足跡が分かった例はこれまで一つもありません。

池上:アフガンに行った米兵士のヘリ映像を明らかにして訴追された例はありましたが。

手嶋:ただ、あれがは「俺がやった」と、自分で自慢して仲間にチャットしてしまったのです。捜査当局がウィキリ―クスを対象に犯人を突き止めたわけではありません。

池上:ともあれ、インテリジェンスも、まったく新しい時代に入っていることが分かります。

手嶋:ええ。これはぼくの新刊にも書いたのですが、リークする者が安全な手法を手にして権力を告発する、というやっかいな時代に突入したことを意味します。

トランプ大統領とアメリカの諜報機関とのぎくしゃくした関係や、テクノロジーの変化とともにある「インテリジェンスのいま」は、日本にどう作用するのですか。

手嶋:「インテリジェンスのいま」を考えるうえで、現在の北朝鮮情勢は特に重要です。

 北の指導者は、アメリカ大統領の顔色を見ながら、中長距離ミサイルの発射ボタンを押すべきか否か、息をこらしてタイミングを図っています。

池上:その意味で、先日来の連続的なミサイル発射は、トランプ大統領とインテリジェンス機関とがちゃんと噛み合っていない、その悪影響を示す証拠、ということになります。

(後編に続く、進行・構成:清野 由美)