「この国は本当にダメになる。だから話すんだ」
2015年4月から東芝の問題に注目、特別取材班を編成して取材を進め、その成果を『東芝 粉飾の原点』(筆者は小笠原啓記者)にまとめた日経ビジネス編集部。一方、『震える牛』『ガラパゴス』で経済事件を描き人気を博す作家・相場英雄氏は、最新刊『不発弾』で東芝の「不適切会計問題」に着想を得、粉飾決算の裏側を描いた。
そしてその取材、執筆を支えたのは、この国を心底憂う人達が明かしてくれた言葉だった。

異なる視点とアプローチでこの問題に取り組んだ2人が初めて対談した。フィクションとノンフィクションの両側から考える「東芝崩壊」と「その先にあるもの」とは。
(構成は新潮社編集部、日経ビジネス編集部)
すべては「不適切会計」への違和感から始まった

相場英雄(以下相場):僕がこの問題にまず興味を持ったのは、「不適切会計」という言葉の不自然さでした。あれだけの数字をごまかしておいて、これが粉飾じゃなかったら、何が粉飾なんだ、と。僕は元新聞記者なので、昔の情報源のアナリストたちに話を聞いたら、「東芝は、まだこれからいっぱい出てくるよ」と。
小笠原啓(以下小笠原):問題が明るみとなった当初、報道各社は、東芝が用意した「不適切会計」という言葉をそのまま使っていました。ウチは早い段階で「不正会計」って書いてしまいましたが、言葉の使い方って難しいですよね。「粉飾」は法律用語ではないので、明確な定義がないんです。例えば、「有価証券報告書の虚偽記載」だったらちゃんと条文もありますが、「粉飾罪」は存在しない。そうなると、「これは粉飾だ、不正会計だと断じていいのか」は、記者や編集部の判断ということになる。
そこで下手にリスクを取るより、東芝が言う言葉を使った方が、と考えるわけでしょうね。グレーゾーンのままにしておく。
相場:そうなんです。今回の『不発弾』の主人公を、バブル全盛期に証券会社の法人営業部で荒稼ぎして、崩壊後は「粉飾のプロフェッショナル」として活躍する、限りなくグレーな、でも黒とは決めつけにくい金融コンサルタントにしたのも、企業やメディアが曖昧にしておく部分が現実に存在するから、ですね。
小笠原:日経ビジネス編集部では、かなり早い段階から、「これは真っ向からやるんだ」と編集長が決めて、総勢8名の「特命チーム」が組まれました。

相場:最初に米原発子会社のウェスチングハウス(WH)が大きな損失を抱えている、とスクープしたのは、「日経ビジネス」でしたね。当時は、事情通はみな「東芝がおかしい」と言っていましたが、出てくるのは論旨のはっきりしないあやふやな記事ばかりで、イラついていたんです。なので、この記事はぱっと目が開くような鮮烈な印象があって、「こういうのが読みたかったんだ!」と、Facebookで快哉を叫んだのを覚えています。
小笠原:ありがとうございます。それぞれの記者の特技がはっきりした、いいチームでした。金融やマーケットの専門家、電機業界に詳しい記者、監査法人に強い人脈を持っている人、そして、情報の大部分が内部告発によるものになると想定していたので、そういう人から信頼を得られる人……。
相場:企業、金融取材から人垂らしまで、戦隊モノみたいで頼もしいですね(笑)。当時は、5代前の会長だった西室泰三さんが戦後70年の談話の取りまとめの座長をやっていて、安倍晋三首相に答申を出していました。そのニュースを見て、「これは当分、東芝に厳しい展開にはならないな」と分かってしまいました。同時に、東芝が「不適切会計」というヘンな言い回しで状況突破を図っている。その厚かましさにちょっと腹が立ったんですよね。「これはおかしいんじゃないか?」って。
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