非正規労働を通じて格差社会の現実を描き出す『ガラパゴス』、東芝の「不正会計問題」に着想を得た『不発弾』など、数々の社会派ミステリーを送り出してきた小説家、相場英雄氏が「政治とメディア」に切り込んだ『トップリーグ』。入社15年目に政治部に異動となった全国紙の記者が、時の官房長官に食い込み、社内での評価を上げる。だが、その裏にはある思惑が……。都内の埋立地で大金の入った金庫が発見された事件も絡み合い、物語は意外な展開を見せる。元時事通信記者の相場氏はこの作品で何を訴えたかったのか。

政治部の仕事はマスコミの中でも特殊

まず政治家と政治メディアとの交わりを舞台にした理由からお聞かせいただけますか。

相場英雄(以下、相場):作家生活に入る前、時事通信という通信社の経済部で20年と少し働いていたんですが、同じ社内なのに政治部って何しているところかまったく分からないんですよ。深夜に締め切り時間が終わって、1時半過ぎに政治部のところに行くと、ひたすら記者やデスクが取材メモのやりとりを繰り返している。「何かの情報機関か、こいつらは」というイメージがあったんですね。

<span class="fontBold">相場英雄(あいば・ひでお)氏</span><br />小説家。1967年新潟県生まれ。1989年に時事通信社に入社。2005年『デフォルト 債務不履行』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞しデビュー。2012年BSE間題を題材にした『震える牛』が話題となりベストセラーに。2013年『血の轍』で第26回山本周五郎賞候補、および第16回大藪春彦賞候補。2016年『ガラパゴス』が第29回山本周五郎賞候補、2017年『不発弾』が第30回山本周五郎賞候補に(写真:陶山勉、以下同)
相場英雄(あいば・ひでお)氏
小説家。1967年新潟県生まれ。1989年に時事通信社に入社。2005年『デフォルト 債務不履行』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞しデビュー。2012年BSE間題を題材にした『震える牛』が話題となりベストセラーに。2013年『血の轍』で第26回山本周五郎賞候補、および第16回大藪春彦賞候補。2016年『ガラパゴス』が第29回山本周五郎賞候補、2017年『不発弾』が第30回山本周五郎賞候補に(写真:陶山勉、以下同)

 政治部には私の同期がいて、彼の上司がいない時に、「そのメモ、ちょっと見せてよ」と頼んで見せてもらったら、とんでもないことが書いてあるわけですよ。いわゆるオフレコのメモなので。「絶対言うなよ」と言われたんですが、「やばすぎて言えないよ」という内容がいっぱい書いてあって、これをやりとりするのが大事な仕事のひとつだというわけです。

 マスコミの内部にいる人間でも仕事の仕組みが分からない組織というのは、たぶん世間の方はもっと知らないはずであろうと。一方で、政治不信が広がっていたり、選挙の投票率が下がっていたりしていますよね。政治不信とか関心の低さの一因として政治メディアに対する信認のなさというのもあるんじゃないかと。

 であれば、そこを掘って書いてみたら小説として成立するのではないかという問題意識がありました。調べてみると、いやあ、自分の知らないことばかりでした。

 まずどんなことをやっているんだろうと、何人かの政治記者、いろいろな年代の記者、またはデスククラスとかに話を伺いました。協力してくれた1人が政治部記者のルーチンワークの一覧表を見せてくれたんですよ。だいたいこんなことをやっていますと。こういう仕事をやって、こういうふうに夜回りをして政治家のところに食い込んでいくんだなあと、それが分かるようにルーチンの仕事が個条書きになっていたんです。

 その中に「トップグループ」という用語があったんですね。「これ、何?どういう意味?」と聞いたら、例えば安倍晋三内閣総理大臣の場合は、どこどこ新聞のペケペケ記者、なんとか放送のペケペケ記者、みたいなことを言うわけです。つまり、総理大臣や官房長官、与党幹部に食い込んだごく一部の記者を指す言葉なんです。

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