アメリカでも日本でも、「正論」を語り、ポリコレ(ポリティカル・コレクトネス)を意識した発言をする人は「インテリぶっている」「嘘つき」「隠し事がある」と嫌われる――今回の米国大統領選挙戦を現場で追いかけ、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』を著した渡辺由佳里さんが、「
ア・ピース・オブ・警句」でお馴染みの日経ビジネスオンラインの人気コラムニスト、小田嶋隆さんと語り合います。(文中敬称略)
小田嶋隆(以下小田嶋):渡辺さんの『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』を読ませていただいて印象的だったのが、トランプの「インテリっぽさを極限まで減らした選挙活動」の威力と、ヒラリーのものすごい嫌われっぷりです。
渡辺由佳里(以下渡辺):トランプのような、ある意味やんちゃな“ガキ大将”とは反対に、“優等生”って、「いい子ぶりっこ」として、からかわれたり嫌われたりするじゃないですか。ファーストレディになった1990年代から、メディアが「ヒラリー嫌い」を娯楽化してきたんですが、今回は、腐敗しているとか、嘘つきだとかの反発が加わりました。
小田嶋:サンダースの支持者が、彼が引っ込んだ後に、同じ民主党のヒラリーに行かないでトランプに行っちゃったという話もありましたね。
渡辺:私が取材していたときにも、「トランプにするかサンダースにするか迷っている」という人がいて。政策からは正反対の候補者なんですけどね。
なぜかといえば、「トランプもサンダースも、言葉を飾らない、正直だ」と。それは、「思っていることを口にするから」というだけなんですけど。ヒラリーは、発言が優等生過ぎて、「本当にそう思っているのか信用できない」と怪しまれる。「ヒラリーは、何か隠していることがあるんじゃないか」、そんな発言をよく耳にしました。
小田嶋:つまり、「正論を言うエスタブリッシュメント」に対する反発があるという。
渡辺:そうなんです。左も右もそういう様子がすごくよく似ていました。でも、今回こうまでヒラリーが嫌われたのは偽ニュースの影響が大きいです。右も左も、「ヒラリーは犯罪者ですごい金まみれだ」と思いこんだ人がすごく多かった。トランプもとんでもないが、ヒラリーなんかに票は投じられない。という。
小田嶋:俺もその部分の噂はちょっと信じてたかもしれない。
おばかペイリンのほうが愛される
渡辺:ベンガジ事件への関与、メール疑惑、嘘つき、腐敗、とかですね。すべて、綿密な調査の末、懲罰の対象になるような違法な行動をした証拠がないという結論が出ています。でも、結果的に、「はっきりした証拠はないけれど、きっと隠していることがある」、「嫌な女だ」というイメージが定着してしまった。直接本人に会うと、「嫌な女」とか「お高くとまっている」というイメージは全然ないんですけれどね。それを出せなかったのは、マーケティングが下手くそということです。
小田嶋:サラ・ペイリンでしたっけ、スピーチで「米国は北朝鮮と共同せねばならない…え、韓国?」とやっちゃった女性。アフリカが国名だと思っていた、とか。「アラスカからロシアが見える」とか。ちょうど彼女と対照的な感じですよね。
渡辺:ええ。2008年、彼女を副大統領候補にしたマケインは敗北しました。でも、オバカなキャラの彼女にはファンがまだ大勢いますよ。
今回の大統領選挙で言えば、具体的で綿密な政策を持っていたのは、ヒラリーただ1人でした。外交、雇用、環境、医療、彼女のサイトに行けばなんでも事細かに書いてあった。でも、それはトランプの「言って欲しいことを代弁してくれる」能力に全然敵わなかった。
小田嶋:トランプのあれ、場末のスナックでオヤジが管(くだ)まいているみたいだな、と思ったんだけど。
渡辺:家でテレビを見ながら、ニュースにぐちゃぐちゃ毒づいている親父さんがいるでしょう、そういうの人の言葉を拾ってきた感じです。ソーシャルメディアで発散される、恨み辛みやグチを集めてきた。
小田嶋:ソーシャルメディアは、場末のスナックの会話が全世界にばらまかれる場所ですからね。
渡辺:その場末のスナックが、アメリカでは、お金持ちの集まる「カントリークラブ」だったりします。トランプのファンは、低学歴、低所得の人だけじゃないんです。ハーバード大ビジネススクールで学んだ私の舅(米国人)は、トランプが大統領になる前に亡くなったのですが、生きていたら、きっと彼に投票していたと思います。
渡辺:毎日Foxニュースを観て、お金持ちの白人男性が集まるカントリークラブで、自分と似た境遇の人とだけ話をするタイプでした。一緒にいるとき耳にするその内容が「メキシコ人が悪い」「イスラム教徒は危険だからアメリカに入れないほうがいい」と、トランプが今言っているようなことなんです。トランプも、実生活でそういう場面が多かったんじゃないでしょうか。そこで、「そうか、みんなこういう不満を持っているんだ」と、肌感覚のマーケティングリサーチをしたんだと。
小田嶋:本当は「メキシコ人を壁を造って締め出してしまえ」と、内心で思っていたり、スナックやクラブで言っていたやつはたくさんいたんだけど。
渡辺:それは仲間うちだけで、外では口にしなかったわけです。
小田嶋:「ポリコレ」、ポリティカル・コレクトネスがあっておおっぴらには言えないと。
渡辺:そう。トランプの暴言として伝えられたことは、プライベートな場所で白人がこっそり言っていたこととほとんど変わらない。でも、王様の耳はロバの耳という感じで言ってのけたことで「この人は嘘をつかない」という印象が生まれた。
小田嶋:それは日本でも今、書店の一番いい場所に並んでいるヘイト本と同じロジックだな。憂国の思いから真実を語る、みたいな。
渡辺:やり方がヒラリーのまったく逆だったんです。「ストロンガー・トゥギャザー」というヒラリーの選挙スローガンは、「異なる背景の国民が敵対するよりも、手をつなぐほうが強くなれる」という、多様性を謳歌するものでした。つまり、誰にとっても均等に正しいことを言っている。だから、かえって情熱的なファンを作れず、多くの有権者がわざわざラリー(遊説)に行く行動を起こさなかったのかもしれません。
小田嶋:そうですね。ぼんやりと正しいことを言っているよりは、間違っているかもしれないけど心に響くことを言っている人の方が支持できる、みたいなことはあるんですね。
渡辺:そうなんですよ。身もふたもない話ですが。
魔法のお勉強をして主人公を助けて、嫌われる…
渡辺:私、こうしてヒラリーの擁護発言をするたびに叩かれるんですよ。「ばばあ」とか、「ブサヨ」とか、お決まりの(笑)。女性を攻撃するにはこういった言葉が有効だと思っている男性、ネットには多いですよね。そういう方々には理解できないと思いますが、私がヒラリーを推したのは、大統領候補の中では彼女が最も適任だったからです。ごくシンプルな理由。
これは私の説なんですが、ヒラリーは「ハーマイオニー」なんですよ。
小田嶋:『ハリー・ポッター』の。
渡辺:そう。主人公を支えるものすごく優秀な、ガリ勉の女の子。ハーマイオニーがいなかったらハリーはヴォルデモートに勝てなかった。なんせ、主要キャラ3人の中で、真面目に魔法のお勉強をしたのは彼女だけなんですから。
打倒ヴォルデモートのためには重要な人物なのに、好かれない。ストレートにガリ勉の女って魅力的じゃないですからね。でも、大統領って、そんな愛されキャラ、ラブリーなキャラクターである必要はないよね。
小田嶋:それは全くその通りですね。
渡辺:ヒラリーは、くそまじめで、勤勉な公務員なわけです。「大統領に勤勉な公務員がなることのどこが悪い?」と私なんかは思うんですよね。仕事してくれればいいわけで。愛嬌もカリスマ性もなくていい。
小田嶋:でもアメリカ人は大統領にカリスマだったり、愛嬌だったり、親近感だったりを求める。ブッシュ(息子)が、頭は悪いけど愛嬌のあるおじさんだったり、とかね。渡辺さんの本を読むと、歴代大統領がどんな「愛され方」「嫌われ方」をしたかがよく分かります。
渡辺:私も大統領としてのジョージ・W・ブッシュは尊敬していません。でも、彼が大統領じゃなくて普通のおじさんだったら、きっといいお友達になれたと思います(笑)。
小田嶋:大統領に求めるものというのが、例えばドイツの、それこそメルケルさんなんかは、くそまじめな方の人でしょう。素晴らしくまじめで頭がよくて勤勉で、誠実に政治をやる人じゃないですか。ドイツ人というのは、取りあえずそっちを選ぶ。だけどアメリカ人はメルケルみたいな人はちょっとつまらないというか、「インテリが、気取りやがって」と。
渡辺:そうなんです。
小田嶋:先ほど、ヒラリーを支持するとすごく嫌われると言っていましたけど、あれはアメリカでですか、それとも日本ですか?
渡辺:日本人からの罵倒のほうが多いですね。トランプのファンだけじゃなく、熱心なサンダース支持者からも(笑)。
小田嶋:俺も、ヒラリーだとかそれを応援してるメリル・ストリープだとかについて肯定的な文脈で言及すると、反発が返ってくる感じはありましたよね。まあ、私がヒラリーそのものを好きか嫌いかはどうでもいいんだけど、そのときにどうして俺が「気取りやがって」と言われるのが分からなかったんです。で、相手が俺を気取っていると思うのはなぜかというと、本当は支持なんかしてないくせに、ヒラリーを支持した方が利口に見えるとお前は思っているんだろう、という、そういう心理が働いているんですね。どうやら。
正論を言うヤツは嘘つきだ!
渡辺:すごく屈折していますね(笑)。
小田嶋:そういう言い方だと思うんです。気取っているという言い方は。つまり、「お前は建前しか言ってないだろう」「いい人ぶっているだろう」「利口ぶっているだろう」という非難の仕方なんです。
渡辺:多様性を肯定すると、「ポリコレ信奉者」とレッテル貼られて、攻撃されるみたいな感じですね。
小田嶋:そうそう。ポリコレについても、「お前、本当は韓国人を差別したい気持ちが満々なのに、それを口にしないということは、気持ちを無理に押さえ付けて嘘をついているだろう」と見ている人がいるんです。何というんだろうな、「ポリコレ的に悪いことこそが、本音である」と。
渡辺:そうそう、それ、あります。
小田嶋:その本音を隠しているお前はうそつきだ、仲間はずれにするぞ、という。
昔話で、サラリーマン社会の一番下っ端にぶらさがっていた時代の話ですが、男だけが集まってワイワイやるような機会があると、「本当はみんなスケベなんだ」というポーズを強要される場面がある。たとえば猥談が始まるんです。と、誰もが何かえげつのないスケベな話をしないといけない。俺、それにまったく付いていけなかったんですね。大嫌いで。そうすると「気取りやがって」ってなことになる。ぶっちゃけて、「俺も本当はこういうバカな男なのさ」というところを見せないと、分かり合えないという。
渡辺:まさに、「ピアプレッシャー」というやつですよね。
小田嶋:正しいっぽいことを言うと、気取っていると思われちゃう。正しいから正しいと言っているだけなのに、「何、お前、“正しい”ことを言っているの」と。
担当編集者ですが、横から失礼します。小田嶋さん、昔はそういう、ポリコレ的に「言ってはいけないこと」を好んで言う人だったんですよね。だから余計に「いい子ぶりやがって」と思われるんじゃないですか。
小田嶋:もちろん今でも「言いたいこと」を言っているわけだけど、当時は「人は学歴で差別される」とか、そういう本当のことを書く人があまりいなかった。世の中に出てない「面白い」ことだと思うから書いたわけで、言ってしまえば、そのほうが本だって売れる。
今は、当時の小田嶋さんみたいなことを言う人が増えてしまって、“正しい”ことを言うと、よってたかって攻撃されるような気がします。
小田嶋:そう、ポリコレ的なことが、むしろ言いにくくなっている。じゃあ、今だったら、そういうことを書くほうが面白いじゃないかと。そもそも政治家と、無責任な物書きの発言を同レベルであれこれ言うもんじゃないです。
冷静に考えて、総理大臣が小田嶋さんになったら日本はおしまいですよね。
小田嶋:うん、おしまいだと思う。そんな国に住みたくない(笑)。でも、大統領や総理大臣が「本音」で発言することを評価するって、冷静に考えてどうなのだろうか。
渡辺:それなんですよね。今回、あれだけトランプがうそを言っても、みんな彼は信用できると言っていましたでしょう。「彼は正直だ」と。データで見れば、彼の言っていることって7割以上はウソだともう分かっているんだけど、「心に浮かぶ差別的なことを、プロの政治家はポリコレで隠す。それを気にせずにどんどん口にしちゃうのは、トランプが正直な人だから」という解釈になる。
小田嶋:本音を言う人はいい人で正直で信用できる。普通の社会人なら別にかまわないけれど、仮にもアメリカの大統領で、それってアリなのか。
渡辺:本当は、自分が言いたいけど、言うと叩かれるから言わないできたこと。それをずけずけ言ってしまうトランプに好感を覚えているみたいです。相手の心を考えずにどんどん傷つくようなことを言う人が、かえっていい人みたいに思われているのは奇妙な現象ですけれど……。
小田嶋:心を開いてくれているように見えちゃうんだろうね。
建前ってすごく大事
渡辺:だけど、特に、多様性があるアメリカの社会では、ポリティカル・コレクトネス、つまり「建前」って、すごく大切なんです。建前って、別に悪いことじゃないんですよ。敢えて言えば必要悪です。
建前を除いちゃって、本当に差別心とかがどんどん出てきたら、社会は危険になります。そう思わないのは、「自分が差別する側にいる」という安心感がある人たちです。自分が集団リンチに合う危険を少しでも想像できたら、建前としてのポリコレの重要性がわかるはず。なのに、今のアメリカでは、国のトップにいる「国民のお手本」の大統領が率先してポリコレを批判しているわけです。ですから、全米の学校で「差別してはいけません」と子どもたちに教えなければならない先生たちが頭を抱えてますよ。
小田嶋:それこそメリル・ストリープがスピーチで話していたことですね(こちら)。
渡辺:そうなんです。アメリカの小学校は大統領の写真を掲げているんです。大統領や候補の演説やディベートも聞くように躾けられます。アメリカの子どもはそうやって育つものなのですが、下品で聞かせられないんですよ、トランプの演説は。
小田嶋:「気取りやがって」と言うんだけど、人間どこか気取ってないと、どこまでも落ちていくよという。
渡辺:たとえたどり着けなくても、高みを目指さなきゃいけませんよね。
小田嶋:実際どう思っているかということはともかく、少し気取って、本来の自分よりは少し高い位置に立ったぐらいのところを目指していこうじゃないでしょうか、と。
渡辺:それが教育というものじゃないですか。外交でもそうですよね。本音で「お前なんか信用するか」とか言っちゃったら、本当におしまいです。
小田嶋:そんな「本音」を装うトランプの演説や物言いって、言葉もロジックも単純な分、変化に乏しくないですか。
渡辺:中身もしゃべり方も、わりと一本調子です。抑揚があって、バラエティーがあって、というものではありません。
小田嶋:就任からもう2カ月か。我々はそろそろ飽きてきているというか、「またかよ」という感じがしてきましたけど、アメリカの人たちは食傷しないのかな。
渡辺:いや、そろそろ飽きてくると思います。彼は見事なマーケティング感覚でラリーやツイッターを活用して勝ったわけですが、その過程で「聴衆に受ける言葉」を選んで残していきました。それらを繰り返すのが選挙では有効でした。
彼は基本的に愛されたい、皆にちやほやされたい人なので、「こういう言葉をこう言えば、みんなから愛が戻ってくる」という成功体験から、抜けられなくなってしまった。私は、そう見ています。大統領になってもあまりモードが切り替わらないのは、この成功体験のせいですね。でも、中身がないのに表層的に大統領らしくなろうとしたら、物言いに冴えがなくなります。すると、愛が戻ってこなくなる。それは、彼には耐えがたいはずです。
「助さん格さん、逃げますよ!」
小田嶋:ある種の講演芸人に時々いるパターンですね。受けるフレーズを初めにどーんとやってばっと受けて、それがだんだん練れていって見事な講演をするんだけど、こっちから見ていると、「ああ、またやっている」という。
渡辺:それについてですが、私は、トランプが勝つための発言を繰り返しているうちに、自分で自分をオルタナ右翼に洗脳しちゃったんじゃないかと思うんです。もともとトランプは、右寄りの人ではなかった。ところが、大統領選では右よりの発言をしたほうが聴衆から愛されたし、オルタナ右翼の側近が活躍してくれたおかげで大統領選に勝ちました。その効果に自分自身が説得されてしまったんでしょう。
鏡を見て、「あなたは美しい、あなたは素晴らしいと言い続けていたらそうなれますよ」といった自己催眠をうまくやり過ぎてしまったとも言えます。
ですが、そろそろ、見ている方は飽きてくると思います。記者会見を見ていると、トランプは冷静さを失いつつありますし。
小田嶋:昨日、俺、ABCで見ていたけど、ひどかったです。記者に向かって「黙れ」「座っていろ」みたいな感じで、返事もせずに去っていったでしょう。
渡辺:彼が名を売った「アプレンティス」は、最後に本人が放つ「ユー・アー・ファイアード(お前はクビだ)」が決め言葉でした。水戸黄門的に、ばばーんと。そこに威厳があったわけですよ。けれども、質問から逃げる姿はかっこ悪いですよね。
小田嶋:水戸黄門の最後で印籠を出せなくて、「助さん格さん、もう引き上げますよ」と逃げちゃうみたいな。
渡辺:それだと水戸黄門の魅力台なしですよね(笑)そういう、かっこ悪いところが見えてくると、有権者も変わるんじゃないでしょうか。ロシア問題もありますし。
もっとも、たとえトランプが弾劾・罷免されるようなことになっても、今の共和党は泥沼状態です。民主党のほうも打倒トランプでまとまるどころか急進派が党を分断しかけていて、まったく油断はできません。その辺は本を読んでいただければ(笑)。
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