2月に米国で撃墜された気球は中国の監視装置であった可能性が高い。専門家は驚くにはあたらないと言う。米中は60年以上前から監視を巡り争ってきた。この10年は中国が能力を強化し、積極性を増している。一方、米国は中国での情報収集に苦戦するようになった。米中による諜報(ちょうほう)戦は今後も過熱しそうだ。

撃墜された気球。太陽光パネルと監視機器を備えている(写真=Department of Defense/The Mega Agency/アフロ)
撃墜された気球。太陽光パネルと監視機器を備えている(写真=Department of Defense/The Mega Agency/アフロ)

 中国の気球が、北米大陸の上空を飛行し、米モンタナ州の核ミサイル格納庫の上を漂った末に、大西洋上で撃墜された。この事件は、米国人の間で様々な感情を呼び覚ました。恐怖、怒り、そしてユーモアもだ。

 コメディアンたちはツイッター上で、素人目には精巧さに欠けるこの飛行物体を笑いの種にした。バラエティー番組「サタデーナイトライブ」はパロディーのコントを放送した。

 この気球が初めて一般の米国民に目撃されたモンタナ州では、牧場主たちが、誰の銃が最もうまくあの物体を撃ち落とせるかと冗談を言い合った。気球は高度約20kmの上空を飛んでいたのだが。

 同州選出の元上院議員で、2014~17年に米国の駐中国大使を務めたマックス・ボーカス氏は「気球が見えたビリングス周辺では特に、軽口がたくさん交わされた。漂う気球一つがこれほどの大騒ぎを引き起こすとは、興味深いことだ」と語る。

 しかし、米国政府は笑ってばかりはいられなかった。米国はこの飛行物体を情報収集機器を搭載したスパイ気球と断じた。そのようなものが北米大陸の上空に現れたことは、中国が高高度での監視活動を強化しているのでは、との懸念を増幅した。

 戦闘機F-16の元パイロットで、現在は米サイバー軍の副司令官を務めるチャーリー・ムーア氏は、この高高度気球には、高解像度画像撮影から、会話の盗聴や米軍の兵器システムの相互通信方式の把握など何でもできるセンサーまで、多様な機能を搭載していた可能性があると指摘する。

気球は「驚くにはあたらない」

 2月上旬に起こったこの事件は、ここ数年、米中の外交関係が悪化する中で、地政学的に対立する一番の相手についての情報を中国が欲していることを鮮明に印象付ける出来事だった。

 中国の主要情報機関である中国国家安全部は過去10~15年の間、海外での活動を徐々に活性化させてきた。それと並行して、中国人民解放軍も監視能力を高めてきた。米国防総省は22年11月、中国が運用する情報関連の衛星の数は18年から倍増し、現在は260基以上あると発表した。

 かつて米国土安全保障長官を務めたマイケル・チャートフ氏は次のように語る。「中国は、米国に要員を送り込んだり、企業を調査したり、衛星を使ったり、あらゆる手段を駆使して情報を集めている。その手段の一つに空中監視があったからといって、驚くにはあたらない」

 こうした中国の動きに応じて、米国も警戒を強めてきた。ここ数年の間にも、中国の通信機器大手華為技術(ファーウェイ)が中国による電子信号傍受などに協力しているとして制裁を加えた。

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