マイクロソフト(MS)が巨額の投資をする米オープンAIのChatGPTは、技術の世界を一変させる可能性を秘める。MSのナデラCEOはこの最先端AI技術で自社の製品群を作り替え、スマホ時代の失地を回復する意図とみられる。問題は、誤りや悪用の危険性が高いこの技術を倫理的指針をもって扱えるかだ。ナデラ氏の良識が試される。

ナデラ氏は、社員の夢を聞きたがる(写真=ロイター)
ナデラ氏は、社員の夢を聞きたがる(写真=ロイター)

 米マイクロソフト(MS)のCEO(最高経営責任者)、サティア・ナデラ氏に会った人は、たいてい同氏に好感を抱く。会ったことのない人も、自伝をざっと読めば同氏が知的で穏当な人柄であることを認めるだろう。気取ることなく、クリケット好きで、人の話に耳を傾け、社員の夢を聞きたがる。仕事上の夢だけでなく、個人的な夢もだ。

 仏教にも詳しい。だがニューエイジ的な仏教観ではない。息子が生まれつき脳性まひを患っているため、人の苦しみを理解しようとする。

 MSが開発した新技術への興奮を隠しきれない時など、大喜びした姿を見せることがある。同社の複合現実(MR)ヘッドセット「ホロレンズ」を初めて試した時もそうだった。米航空宇宙局(NASA)の火星探査車が送信する生中継映像のおかげで、ホロレンズを着けたナデラ氏は火星の地表を歩いているような視覚を得た。同氏はこの時、未来を垣間見たと書いている。「本当に胸の躍る、感動的な体験だった。幹部の一人は泣き出したほどだ」

 そして今、ナデラ氏は再び、「これが未来だ」という無上の幸福感に包まれている。

 MSは1月23日、オープンAIへの3度目の投資を発表した。投資額は推定100億ドル(約1兆3000億円)だ。

AIがExcelシートを作成

 同社が開発した最先端人工知能(AI)ツール「ChatGPT(チャットGPT)」は、質問をすると人間のように答えを返す。ここ数カ月、ChatGPTは世界中で話題をさらい、時代思潮の一端を担うまでになった。

 この魔法のような技術は、間違った答えを返すことも多いとはいえ、たちまち様々な予想を生み出した。カメラのデジタル化が写真フィルムのコダックを破綻させたように、この新技術は米アルファベット傘下の「グーグル」を追い落とすのではないか。がん研究に恩恵をもたらすのではないか。現在のようなプログラミング手法は使われなくなるのではないか。大学の論文試験はもうできないのではないか、と。言い換えれば、技術の世界に桁外れに大きな期待の波が押し寄せている。

 意地が悪く聞こえるかもしれないが、あえて指摘すると、ナデラ氏がホロレンズに感動した日から7年後には、MSはMRへの熱意を見せなくなった。最近実施した1万人規模のレイオフは、ホロレンズ部門に大きく影響したと伝えられる。

 とはいえ、ChatGPTは既に広く認められ、直観的に利用できることもあり、一時の流行で終わるとは思えない。クラウドとビジネスソフトに強みを持つMSが、オープンAIの開発基盤であるGPT(生成型事前学習済みトランスフォーマー)モデルを利用して、全製品を新たによみがえらせようとするであろうことは想像に難くない。

 加えて、あの慎重なナデラ氏が、MSを技術革新の頂点へと返り咲かせるという野心に燃えている。かつて頂点に立っていた同社は、ソーシャルメディアとスマートフォンの登場とともに、その立場を失った。果たして、この機会はナデラ氏に栄光をもたらすだろうか。