半導体世界大手のTSMCが、米国や日本に新工場を建設するなど、地政学的リスクを避ける動きに出た。だが同社の動きは「脱台湾」ではなく、むしろ長期的な視点であらゆるリスクに備える動きと見るべきだ。TSMCが持つ世界最先端の半導体製造技術や生産能力の大半は依然台湾にあり、高い収益性も維持されている。
時価総額で4300億ドル(約56兆円)規模を誇る半導体世界大手、台湾積体電路製造(TSMC)は、地政学的に最も危険な国や地域をまたにかけてビジネスを展開している。にもかかわらず、非常に冷静で落ち着き払ったたたずまいを見せている。その風貌には好感すら覚えるほどだ。
世界最高峰の先端半導体の製造能力を米国も中国ものどから手が出るほど欲しがっている。中国よりも米国への供給量がはるかに大きいが、もしどちらかの大国が経済的な圧力や武力を行使して同社の独立性を完全に奪おうものなら、その影響は計り知れないだろう。同社の製造工場の多くは台湾の西海岸にあり、台湾海峡を渡って攻めてくる中国に対してあまりに脆弱だ。
だが、TSMCが慌てることは決してない。同社創業者で91歳の張忠謀(モリス・チャン)氏は、昨年ある番組のポッドキャストで、「もし戦争が起きたら、半導体のことを心配している場合ではない。心配することはほかにもたくさんある」と語った。後継者の劉徳音(マーク・リュウ)董事長は、平和こそがすべての人の利益だ、と主張する。
こうした危機感の薄さは、世間知らずと受け取られかねない。半導体を巡る超大国の対立は、かつての冷戦になぞらえて「シリコンカーテン」と呼ばれている。対立は、ここ数カ月の間に一段と激しさを増した。
中国は半導体産業を一から育てようと長年取り組んできたが、成果はあまり上がっていない。米国は2022年に中国の野望をつぶすべく、人工知能(AI)向け半導体の設計から半導体ソフトウエア、半導体製造装置など半導体製造に不可欠な重要技術に関する規制を強化した。同年に成立・施行された半導体補助金法により既に約2000億ドルもの半導体関連投資も米国に呼び込んだ。TSMCの競合でかつ顧客でもある米半導体大手のインテルは、同法の恩恵を最も受けた企業の一つといえる。
TSMCはといえば、米国からの呼びかけに応じて陣営に加わったかのように見える。ジョー・バイデン米大統領は22年12月、アリゾナ州フェニックスに建設中のTSMCの広大な新工場建設の式典で、同社が発表した400億ドルの投資計画を祝った。

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