米国をはじめとする各国政府は、安全保障上の理由もあり、製造業の国内回帰を促す政策を推進する。製造が国内に回帰しても雇用の増加はあまり期待できないが、技術革新という副次的効果があるという。加えて、外国からの人材受け入れが重要な役割を担う。政治家にとって悩ましいところだ。

 冷戦時代、製造業に対する政府の姿勢には、国により、わずかではあるが明確な違いがあった。

 ソビエト連邦は工業に重点を置いていたため、国の統計担当者は国民所得にサービス業という項目を含めていなかった。一方、冷戦が終結した翌年、米政府のチーフエコノミストだったマイケル・ボスキン氏は、米国が生産する「チップ」は半導体でもポテトでも構わないと冗談を飛ばしたという。

 現代の地政学的対決の構図においても、似たような違いが見られる。中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席は、高度な技術開発を伴う「ハードテック」分野を非常に重視しているため、消費者向けIT(情報技術)企業を押さえつけてきた。

 ボスキン氏のような自由放任政策は、今日の欧米の政策立案者にはもはや好まれない。彼らは、製造業の国内回帰を意図する様々な政策を導入している。

 米国議会は7月に半導体補助金法(CHIPS・科学法)を可決した。半導体産業に5年間で520億ドル(約7兆6000億円)を拠出する。大半は国内製造に対する補助金だ。

新たな半導体工場の建設計画地を訪れたバイデン大統領(写真=ロイター)
新たな半導体工場の建設計画地を訪れたバイデン大統領(写真=ロイター)

 日本と欧州も半導体に巨額の資金を注ぎ込む。欧州連合(EU)が用意した430億ユーロ(約6兆3000億円)の大半は、「メガファブ」と呼ばれる最先端の半導体製造工場への補助金となる。

 米国は8月に4000億ドル(約59兆円)近い気候変動対策予算を成立させた。そこには「米国製」製品に対して今後10年にわたり提供される数々の補助金が含まれている。ウェストバージニア州には風力発電施設ができ、オハイオ州には電気自動車向けバッテリー工場が建設される。

製造と研究開発を近づける

 製造業の国内回帰を支持する議論は、大きく2つに分かれる。一つは安全保障に関わるものだ。武器製造に必要とされることの多い先進的な半導体の90%以上が、欧米から見ると到底安心していられないほど中国に近い台湾で生産されている。

 第2の議論は経済的なものだ。国内回帰の推進派は、製造業は高賃金の雇用を大量に生み出すと主張する。しかし経済学者は懐疑的だ。米ダートマス大学のテリーザ・フォート氏と、米連邦準備理事会(FRB)のジャスティン・ピアース氏、米エール大学経営大学院のピーター・ショット氏が2018年に発表した論文によると、米国の製造業の被雇用者数は00年以降、大幅に減少している。しかし、生産は減っていない。

 その理由の一つは、米国の産業の技術集約が進み、生産性が上がっていることにある。つまり、ハイテク工場が増えたからといって、雇用が増えるとは限らない。

 しかし、国内回帰を支持する、もう少し繊細な経済的理由がある。米ハーバード・ビジネス・スクールのゲイリー・ピサノ氏とウィリー・シー氏は、強力な製造拠点を持つことで、技術革新上の広範な「副次的」効果が生じ得ると指摘する。