プーチン大統領はウクライナでの戦力増強のため、予備役を部分的に動員すると発表した。だが実際には発表以上の徴兵が行われており、抗議活動への報復として徴兵通知書が手渡されるケースもある。普段通りを約束されてきた国民は反発し、徴兵逃れをする人も多い。政府は国民の支持を失っている。

 9月25日の夜遅く、モスクワに住むイリアさん(38歳)が松葉づえを突きながらよろよろと玄関に出てみると、2人の役人が徴兵通知書を手渡してきた。

 イリアさんは、数週間前に階段から落ちて骨折した脚のギプスを指さして通知書への署名を拒否し、役人たちを罵り、ドアを手荒く閉めた。

 「『あんたたちが行けばいいじゃないか』と言ってやった」とイリアさんは話す。「ウクライナ人が私に何をしたっていうんだ。ウクライナには友達がたくさんいる。行って彼らの家族を撃てというのか? 本気なのか?」

 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナでの戦力増強のため予備役(編集部注:平時は普通に市民生活を送り、有事の際、軍隊に戻る軍人を指す)を部分的に動員すると発表してから、まだ1週間くらいしかたっていない。この間、数万人のロシア国民が招集を拒否した。2月の侵攻開始以降、ロシア国内で最大の反政府的な動きといえる。

 動員は一部の例外を除き、従軍経験のある健康な成人男性に限られるはずだった。しかし、ロシア政府は9月26日、プーチン大統領が当初約束したよりもかなり多くの国民が徴兵対象になっていることを認めた。大半のロシア国民が普段通りの生活を送れるようにするという、これまで慎重に保たれてきた建前が、この発表で崩れ去った。

 徴兵を拒否する者や抗議活動をする者もいたが、より多くの人々は国外に逃げようとした。航空券は何日も先まで売り切れ、国境越えの道には長い列ができた。

支持基盤崩した政府

 ロシア政府は、国民からの確固たる支持に頼ることも、国民の無関心に甘えることももはやできず、板挟みに陥っている。社会への締め付けをこれ以上厳しくすると、さらに支持を失う危険がある。

 ロシアでは3月から、戦争に異議を唱えることは基本的に違法とされている。しかし、プーチン大統領がウクライナの南部・東部の4州の併合に動き、西側を核で脅している状況の中、これまでの徴兵方針を撤回すれば、ロシア国内はより不安定さが増すだろう。

 米シンクタンク、カーネギー国際平和基金の研究員、アンドレイ・コレスニコフ氏は、「彼らは考えを実行に移す手段として、暴力を使うことしか知らない」と指摘する。「暴力、戦争、動員は、この社会の契約に含まれていなかった。彼らの支持基盤は、物事に無関心で平穏に暮らしていける人々だったが、その基盤を自ら崩したのだ。重大な過ちだ」

 予備役動員令に対して最も際立った反対運動が起きたのは、ロシア連邦を構成する共和国の一つ、ダゲスタンだった。ここはコーカサス山脈の北に位置する貧しい地域で、これまでウクライナでの戦闘に不相応に多くの兵士を送り出してきた。

 25日と26日に、ダゲスタンのいくつかの都市で、住民が「戦争反対!」を叫び、主要道路を封鎖して、役人と言い争った。SNSに投稿された動画には、警官につかみかかる女性たちや、乱暴に拘束される人々、デモ隊を襲っているように見える暴徒などが映っている。

戦争反対を訴える市民デモの様子(写真=ロイター/アフロ)
戦争反対を訴える市民デモの様子(写真=ロイター/アフロ)

 ダゲスタンの首都マハチカラに住むある医師は、徴兵を免除されるよう診断書を書いてくれと頼んできた患者がいたと話す。「動員が発表された日には、店に並ぶ行列やバスの中で、ひそひそ話す様子があちこちで見られた。既に噂になっていたのだ。誰もが、知人の誰々が徴兵されたという話をしていた。みな怒っている」

 匿名を条件に話してくれたこの医師は、看護師を含むダゲスタンの医療関係者も招集され始めているため、友人や親戚の中にはカザフスタンに逃げた人もいると語った。「隠れることや逃げることを考えている。ドアを開けない、徴兵事務所に行かない、通知書を受け取らない。こうした手段は誰もが知っている」

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