フィリピンの新大統領"ボンボン"・マルコス氏は、独裁者だった父親とは違う道を歩み出したようにみえる。内閣は実務的で、演説は具体的だ。父親の罪を償うため、また息子に跡を継がせるためとの見方が浮上する。あるいは、善政を敷くこの姿勢はただの見せかけかもしれない。

マルコス新大統領は父親が使った聖書を用いて宣誓した(写真=AP/アフロ)
マルコス新大統領は父親が使った聖書を用いて宣誓した(写真=AP/アフロ)

 新政権は、これまでとは相いれないことばかりだ。「ボンボン」の愛称で知られるフィリピンの新大統領、フェルディナンド・マルコス氏は5月の大統領選挙で圧勝した。亡き父、フェルディナンド・マルコス元大統領への個人崇拝を勝利に結びつけた。元大統領は国を裏切り、国民を虐待した。

 だがボンボン氏は就任から数週間、父親とは全く異なるアプローチを取り、健全な姿勢で統治に臨むことを、その言葉と行動で強く印象付けた。

 マルコス新大統領は経験豊富な実務家を内閣の主要ポストに据えた。経済閣僚はいずれもテクノクラートの性向を持ち、インフラの改善と税制改革がフィリピンに投資を呼び込み、成長をもたらすとの強い信念を抱く。

 マルコス氏は7月25日に行った初の施政方針演説で、1億1000万人の国民の生活に最も重大な影響を及ぼす分野、すなわち農業に焦点を当てた(自ら農相を兼務する)。演説では事実や数字を数多く紹介し、農業生産の向上などの目標を示した。そして、推進する様々な経済プログラムにおいてビジネス界で活躍する人々の協力を仰ぐ。ロドリゴ・ドゥテルテ前大統領とは対照的な手法だ。

 さらに、財政健全化に努める。前政権が中国と結んだ鉄道建設プロジェクト3件の借款契約の再交渉に早くも取り組む。これらの借款契約は、フィリピンに持続不可能な債務を負わせるものだ。中国側と再交渉する以外に、マルコス氏に残された道はなかった。

 安全保障と外交についても、えこひいきを排し、プロフェッショナリズムに徹する方針だ。フィリピン国軍(AFP)参謀総長の人選は適切だとの声が大きい。外相には、内外でその能力が高く評価されているベテラン外交官のエンリケ・マナロ氏を起用した。

 鉄道建設プロジェクトの再交渉は、マルコス氏が中国べったりではない可能性を示している。外交政策担当者の中には、マルコス氏が中国のかもになる事態を懸念する者もいた。

「人が変わった」その理由は

 同様に新大統領は、マルコス一族が米国に対して抱いている敵意とも距離を置いているように見える。マルコス一族は、マルコス元大統領の政権末期に米国が支援を引き揚げたことが、同氏の失墜を招いたと非難している。

 マルコス氏は大統領選に勝利した後、米国のジョー・バイデン大統領から祝電を受け、喜びをあらわにしていた。米国のアントニー・ブリンケン国務長官は首都マニラを訪れマルコス大統領およびマナロ外相と会談する予定だ

*=ブリンケン国務長官は8月6日、両者と会談した

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