ウクライナ南部の都市ヘルソンは、ロシアによる侵攻直後に無傷のまま占領された。ロシアの占領政策は、ウクライナ人のロシア支持者を通じて進む。欺瞞(ぎまん)的な住民投票も噂される。日常生活が徐々にロシア化されていく中で、住民はウクライナ軍による解放に希望を抱く。

ヘルソンの露天市。張り紙には「ルーブルでお願いします」と書かれている(写真=ロイター/アフロ)
ヘルソンの露天市。張り紙には「ルーブルでお願いします」と書かれている(写真=ロイター/アフロ)

 ウクライナ南部の都市ヘルソンの住民は、ロシア軍に占領された当初、わずかに残された従来の生活に懸命にしがみつこうとした。ウクライナの通貨フリブナや旧来の電話番号を使い続けた。子どもたちはこれまでと同じ教科書を使い、リモート授業を受けていた。

 しかし、ロシアによる侵攻開始から6カ月。ウクライナ人国家の生活インフラは徐々に浸食されてきた。ヘルソンでは「ロシア化」が着実に進行している。

 フリブナを扱っていた最後の銀行は、数週間前から閉じられたままだ。ウクライナの電話の電波が届いていたわずかな場所も数が減り、ついに消えてなくなった。地元の商店に並ぶ食料品や日用品は、今ではロシア産や、ロシアに併合されたクリミア半島産のものばかりだ。

 ある住民は、この目まいがするような日常生活の変化を、SFの異世界転移ものになぞらえた。主人公が空想上の別の世界や別の時代に移動する設定のこの種のSFは、ロシアで特に人気がある。「目が覚めたらジョージ・オーウェルの『1984』の世界にいたような感じだ」と、この住民は語った。

 この人物は、安全上の懸念を理由に名前を明かさなかった。本紙(英フィナンシャル・タイムズ)が7~8月に電話でインタビューしたヘルソンの住民はほぼ全員、同じように匿名を希望した。

「協力者」による傀儡政府

 ヘルソンは、ロシアが2月24日に全面侵攻を開始して以降、無傷のままロシア軍に占領された唯一のウクライナの大都市だ。ドニエプル川以西で占領された唯一の地域でもある。

 ウクライナ軍は現在、30万の人口を擁して繁栄していたこの都市を解放すべく、軍事攻撃を計画している。最近では、ヘルソンとドニエプル川東岸のロシア占領地域とを結ぶ3つの橋のうち2つを砲撃した。その間にもロシアは、目立たない形でヘルソンの支配を強めている。

 造船で知られ、地域の中心都市だったヘルソンは、ウクライナの領土を占領・併合しようとするロシア政府が進める最新の取り組みにおいて最重要拠点となった。最終的に待っているのは、恐らく住民投票だ。多くの者は、9月にも実施されるかもしれないこの投票は、併合の口実にされるだけのでっち上げになるとみる。

 ヘルソンで採用されている占領モデルは、クリミアや、8年間の抗争の末にウクライナからもぎ取られた東部の州で使われた方式と同じだ。

 その占領モデルは、通貨ルーブル、愛国者、パスポート、食料品、テレビ、インターネット、プロパガンダを駆使する。最近ではそこに、道路脇に立てられたいくつもの看板が加わった。看板はウクライナ人に、「ロシアと共に、一つの人民だ」と信じるよう訴えている。

 ヘルソン市の幹部、ドミトロ・ブトリー氏は次のように語った。「彼らは市を掌握した直後に、自分たちの仲間──協力者──を使って傀儡(かいらい)政府をつくらせた」

 「この協力者たちは、行政経験はなく、経済にも、一般市民にも関心がない。彼らがしているのは、ただひたすらウクライナのアイデンティティーを破壊することだ」。ブトリー氏は今、逃亡先で暮らしている。

 最初の頃は侵略者に対して抗議する動きもあったが、今では、通りは暗く静まりかえっている。とはいえ、ウクライナ軍による砲撃が、ヘルソンが同胞から忘れられていないことを思い出させてくれる。