資産運用業界でもてはやされてきたESG(環境、社会、ガバナンス)投資が曲がり角に来ている。ESGの乱用で意味が薄れてきたことに加え、ウクライナ侵攻でEとSとGとの間にある矛盾が露呈した。当局は乱用の規制に乗り出しているが、厳密な定義は難しい。投資家には個別の判断が求められる。

 「ESG」(環境、社会、ガバナンス)という言葉ができてから、まだ20年にもならない。だが、この言葉の有用性は、早くも寿命が尽きようとしているかもしれない。

 この言葉が登場したのは2004年。国連の委託で作成されたある報告書が「投資判断に環境と社会と企業ガバナンス(ESG)の要素をより多く含める」ことを求めたのだ。当時、米エンロンや米ワールドコムによる粉飾決算事件やエクソン・バルディーズ号の原油流出事故があったばかりで、金融機関はこのESGの枠組み「グローバル・コンパクト」に進んで参加した。

 しかし、ESGが流行語になるまで少し時間がかかった。米債券運用大手ピムコの分析によると、05年5月~18年5月の決算発表でESGに言及したものは1%に満たなかった。しかしESGが時流に乗ると、その波は一気に広がった。ESGに触れる決算発表は新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)中に急増し、21年5月には20%近くに達した。

 資産運用業界で今、最も成長著しい分野は、ESGに分類される投資だ。米調査会社モーニングスターのデータによれば、21年のESGファンドの資産は、前年比53%増の2兆7000億ドル。運用各社は投資家の間で高まる需要に応えるべく、競うように、既存のファンドをサステナブル(持続可能)なものに衣替えしたり、新規のファンドを立ち上げたりした。

 ESGという用語の意味はしだいに、雑多な投資戦略を含むものへと拡大していった。消極的な選別(タバコ産業や防衛産業を除くなど)から積極的な選別(クリーンエネルギー部門を選ぶなど)まで、社会的・環境的によい変化をもたらすと約束する投資戦略は、軒並みESGとされてきた。

柔軟性と曖昧さは紙一重

 この柔軟性にはよい面があると、米ペンシルベニア大学キャリー・ロースクールのエリザベス・ポールマン教授は言う。「ESGという名称の起源と帰結」という論文の中で同教授は、この柔軟性により、この種のファンドは「全体として幅広い投資家や利害関係者に訴えかける」ものになったと書いている。

 しかし、柔軟性と曖昧さは紙一重だ。ESG批判派は、企業や投資家が、ときにこの曖昧さを「グリーンウォッシング」に利用すると指摘する。ESGを装って実現不可能な、あるいは誤解を招く主張をしているというのだ。特に環境問題においてこの種の行為が見られる。

 最近、こうした批判に注目が集まる出来事があった。ドイツ警察が5月31日、ドイツ銀行傘下の資産運用会社DWSにグリーンウォッシングの疑いがあるとして、同社を家宅捜索したのだ。ESGに関する捜査で資産運用会社が家宅捜索を受けるのは初めてのこと。資産運用業界にも従来の方法を清算する時が来たということだ。

 DWSの元幹部デジリー・フィクスラー氏は「これは本当の警告だ」と指摘する。同氏は、DWSが20年の年次報告書の中でESG投資について誤解を招く表現をしたと告発していた(DWSは、問題はなかったとしている)。「私は今もサステナブルな投資を信頼している。しかしESGは役人や市場関係者に乗っ取られ、今ではほぼ無意味な言葉になってしまった」(フィクスラー氏)

 ロシアのウクライナ侵攻もESGへの疑念を深める一因となった。企業や投資家、政府は、時に「E」と「S」と「G」の間で取捨選択しなければならなくなったのだ。例えば欧州各国の政府は、ロシア産天然ガスへの依存を弱めるという倫理的目標を達成するために、環境面の目標に目をつむり、石炭などの化石燃料に頼ろうとしている。

ドイツのガス・パイプライン。石炭などの化石燃料に頼らないことがESGにかなう目標だったが、ロシア産天然ガスへの依存を減らすことが優先される方向にある(写真=ロイター/アフロ)
ドイツのガス・パイプライン。石炭などの化石燃料に頼らないことがESGにかなう目標だったが、ロシア産天然ガスへの依存を減らすことが優先される方向にある(写真=ロイター/アフロ)