米国と欧州は、ロシアがウクライナに侵攻する兆候が見つかった昨年秋から対ロ制裁を準備していた。だが実際の侵攻の規模は予想を超えており、制裁内容も、ロシア外貨準備の凍結という想定以上のものになった。こうして、通貨を兵器として用いる史上初の大国間の金融戦争が始まった。

米国のイエレン財務長官(左)とイタリアのドラギ首相。リーマンショックやユーロ危機を中央銀行総裁として乗りきったこの2人が、ロシア中央銀行への制裁という前代未聞の措置の鍵を握った。写真は2016年当時。(写真:AFP/アフロ)
米国のイエレン財務長官(左)とイタリアのドラギ首相。リーマンショックやユーロ危機を中央銀行総裁として乗りきったこの2人が、ロシア中央銀行への制裁という前代未聞の措置の鍵を握った。写真は2016年当時。(写真:AFP/アフロ)

 ロシアのウクライナ侵攻開始から3日目の2月26日、ベルギーの首都ブリュッセルにある欧州委員会本部の13階のフロアで、ウルズラ・フォンデアライエン委員長はある障害に突き当たっていた。

 フォンデアライエン委員長はその土曜日(26日)を丸1日使って自分のオフィスで電話をかけ続け、ロシアに対して、かつて例がないほど広範で懲罰的な金融・経済制裁を科すために、西側各国政府のコンセンサスを得ようとしていた。

 話はまとまりかけていた。だが米国のジャネット・イエレン財務長官がまだ粘っていた。制裁案の中で最も効果が大きく市場にも影響を与えかねない「ロシアの中央銀行そのものに制裁を科す」という方策の詳細について精査を重ねていたのだ。対ロ制裁を強く後押ししてきたのは米国だ。しかしイエレン財務長官が細部を熟考していたため、欧州側は、ロシアに制裁計画を嗅ぎつけられるのではとやきもきしながら、できる限り早く計画をまとめ上げようと焦っていた。

 フォンデアライエン委員長はイタリアのマリオ・ドラギ首相に電話をかけ、イエレン財務長官と直接話をして詳細な点を解決に導いてほしいと依頼した。ある欧州連合(EU)高官は、「皆で待ちながら『なぜこんなに時間がかかっているのか?』と首をひねっていた」と振り返る。「すると返事がきた。ドラギがイエレンに魔法をかけなければならない、と」。その日の晩、合意が成った。

 米連邦準備理事会(FRB)の議長を務めていたイエレン財務長官と、欧州中央銀行(ECB)の前総裁であるドラギ首相は、2008~09年の国際金融危機からユーロ危機に至るまで数々の難題を共にくぐり抜けてきた。2人とも前職在任中は、不安に襲われた金融市場に冷静さと落ち着きをもたらしていたものだ。

 しかし今回両者が合意した、ロシア政府の外貨準備6430億ドル(約81兆円)のうちかなりの部分を凍結するという計画は、これまでとはまるで違うものだった。それは実質的に、ロシアに対する金融戦争の宣戦布告にほかならなかった。

 制裁の目的は、ロシア経済に大きな損害を与えることであるとされた。ある米国高官が制裁措置発表後の26日夜に語った言葉を借りるなら、この制裁はロシアの通貨を「真っ逆さまに転落させる」ものだった。

 これはまったく新しい種類の戦争――敵国に懲罰を加えるために、米国のドルやほかの西側の通貨を兵器として用いる戦争なのである。

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