ロシアのウクライナ侵攻は、不安定な景気回復の途上にあった世界経済にさらなる打撃を与えそうだ。エネルギー等の供給制約で世界の経済成長率が低下する一方、物価だけが上がるスタグフレーションが発生する。早目の対処が必要だが、金融政策や財政出動ではコントロールしにくいために、影響は長期化するだろう。

ノリエリ・ルービニ氏
ニューヨーク大学スターンビジネススクール教授兼、経済分析を手掛けるRGEモニターの会長。米住宅バブル崩壊や金融危機到来を数年前から予測したことで知られる。

 ロシアのウラジミール・プーチン大統領がウクライナへの全面的な侵攻を開始した今、この歴史的な大事件がもたらす経済・金融への影響を考えなければならない。

 今、ウクライナで起こっている戦いは、世界のあちこちでここ数十年の間に起こった小さな紛争ではない。冷戦後の世界秩序が崩れ、大国間の軍事的緊張が再び表面化する「新冷戦」が激化している状態だ。

 中国、ロシア、イラン、北朝鮮の4つの修正主義国家が、米国の長期にわたる世界支配と、米国が第2次世界大戦後に構築した西側主導の世界秩序に対する挑戦を強めているとも言える。

 危険なのは、この世界的な秩序の変化が意味することを市場や政治アナリストたちが過小評価している点だ。侵攻が始まった2月24日、この戦争を受けて米連邦準備理事会(FRB)が利上げのペースを鈍化させることへの期待感から、米国株式市場は上昇して取引を終えた。しかし、経済全体では世界的なスタグフレーション(悪い物価上昇)による景気後退の可能性が大きくなっている。

米FRBパウエル議長は難しい判断を迫られる(写真=AFP/アフロ)
米FRBパウエル議長は難しい判断を迫られる(写真=AFP/アフロ)

 FRBなど主要国の中央銀行がこの危機および影響を果たしてソフトランディングさせることはできるのか、アナリストたちは予測しているところだ。しかし期待しない方がいい。ウクライナの戦争は、世界経済に大規模な供給制約を引き起こし、経済成長率を低下させるだろう。成長が鈍化して期待インフレ率がさほど上がらなくなる中、物価上昇だけがさらに進んでしまう可能性がある。

「弱気相場」へと突入

 この戦争が目先の金融市場に与える影響は容易に想像できる。供給制約によるスタグフレーションが発生することで、投資家のリスク許容度が低下すれば、世界の株式市場は、現在下落率10%程度にとどまっている調整局面状態から、下落率20%以上の弱気相場へと突入する。

 安全資産として国債が買われ、その利回りは一時的には低下するが、インフレ懸念を受けて再び上昇しそうだ。

 原油と天然ガスの価格は急騰の一途をたどる。原油価格は1バレル100ドルを大きく超え、エネルギーや穀物といった、あらゆるコモディティ価格の上昇が予想される。ロシアとウクライナはエネルギー、レアメタル、小麦の主要輸出国だからだ。

 一方で「安全通貨」と呼ばれるスイスフランは買われる。金も「有事の金」と言われるだけに、大きく値上がりするだろう。

 戦争による経済の停滞と金融市場の低迷、それに伴うスタグフレーションの影響を最も受けるのはもちろんロシアとウクライナだが、ロシアの天然ガスに大きく依存している欧州連合(EU)も影響から逃れられないだろう。

 米国も無傷ではいられない。世界のエネルギー市場はいまや一体で互いに深く影響し合っている。北海ブレント原油など、いくつかある原油価格の国際指標が高騰しようものなら、その影響はたちまち米国の原油価格指標、WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)に波及する。

 米国はエネルギー純輸出国としては大きな存在ではないが、このショックのマクロ経済への影響は無視できない。一部のエネルギー企業が高収益を上げる一方で、家計や企業は大幅な物価上昇に苦しめられ、支出を減らすだろう。