米国経済にインフレの危険が迫っているとの指摘が著名経済学者から聞かれる。だが最近の物価上昇は、新型コロナ危機からの回復過程における一時的なものにすぎないと筆者は主張する。労働市場は言われているほど逼迫しておらず、インフレ期待もそれほど高くないからだ。

J・ブラッドフォード・デロング氏
米カリフォルニア大学バークレー校の経済学教授。1987年、米ハーバード大学で経済学博士号を取得。93~95年、米財務省政策担当の副次官補を務め、北米自由貿易協定などに携わった。

 米国の実質賃金の適正成長率は、過去3年の間、技術の進歩のおかげで毎年約1ポイント押し上げられてきた。もちろん、かつての寄与度に比べれば半分程度にすぎないが、それでも意味のある数字だ。

 ところが、現在の実質賃金は、適正水準よりも4%低い。この適正水準は、新型コロナ感染症のパンデミックが起こる前の雇用コスト指数(ECI)に基づく実質賃金水準に、基礎的な生産性トレンドを加えて算出した数字だ。

 この現状から、労働市場に「強い圧力がかかっている」と、果たして言えるだろうか。

 米国の労働市場がある意味で「逼迫」していると考える人々は、ECIが2021年9月までの1年間で3.7%上昇していることを指摘する。この数字は、パンデミック以前のドナルド・トランプ政権時代の年上昇率3%を大きく超えている。

金融危機後の失敗を忘れるな

 しかし、米国の消費者物価も過去1年で5.4%上昇した。つまり、この1年でECIに基づく実質賃金は1.7%低下しているのだ。本当に労働市場が逼迫して経済に強い圧力がかかっているのなら、労働者側に賃上げ交渉力が生じるはずではないか。

<span class="fontBold">賃上げを求める米国の労働者たち</span>(写真=AP/アフロ)
賃上げを求める米国の労働者たち(写真=AP/アフロ)

 現状を正確に推定することは非常に難しいし、運任せな面もある。しかし、いま目の前にある「現状」は、筆者が2~3四半期ほど前に予測した通りだ。

 確かに、回復に向かう米国経済は今、急にアクセルを踏んだ車のように、アスファルトの上にインフレというタイヤ痕を残している。

 しかし、筆者が5月に論じたように、それを心配する必要はない。「高速道路に合流するために加速してタイヤ痕を残したからといって、エンジンがオーバーヒートしているわけではない」からだ。

 米国は今、あり余るカネが少な過ぎる商品に注ぎ込まれている状況ではない。もしそういう状況なら、労働需要が過剰になり、インフレスパイラルを引き起こす可能性がある。しかし、新型コロナのパンデミックが続き、それに伴う混乱で相変わらず労働供給が実質的に不足しているにもかかわらず、米国はそのような状況にはない。

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