かつて中国で成功を収め今は国外で暮らす実業家が、中国の腐敗を暴いた告発本『レッド・ルーレット』を出版した。出版を中止するよう、汚職にからんで当局に拘束されていた元妻から「警告」の電話が2度入ったという。共産党の反腐敗運動は真摯な改革努力であると同時に、党エリートの権力固めの手段だったと同書は指摘する。

<span class="fontBold">7月に行われた共産党創立100周年式典の様子</span>(写真=Lintao Zhang/Getty Images)
7月に行われた共産党創立100周年式典の様子(写真=Lintao Zhang/Getty Images)

 その電話は、早朝に中国からかかってきた。中国の実業家で、現在は西欧諸国に住居を構えるデズモンド・シャム(沈棟)氏は、元妻でかつてのビジネスパートナーだったホイットニー・ドゥアン(段偉紅)氏の声を4年ぶりに聞いた。

 ドゥアン氏は2017年9月に北京で突然行方をくらました。彼女の事業に便宜を図っていた人物が中国共産党による汚職捜査の対象となった直後のことだ。その人物は共産党中央政治局の委員で、一度は最高指導者の習近平(シー・ジンピン)国家主席の後継者と目されたこともある大物だった。

 ドゥアン氏は最初の電話を切った後、再びベルを鳴らした。内容は2回とも同じで、元夫のシャム氏に著書の出版を中止するよう迫るものだった。著書はシャム氏がドゥアン氏とともに実業家として活動していた1990年代から2000年代にかけて起こった出来事について記したもので、電話があった直後の9月7日に出版予定だった。

 1990~2000年代は中国経済が目覚ましい成長を遂げた時代と重なる。同時に「贈収賄の黄金期」でもあった。シャム氏によれば、2人も彼らのビジネスパートナーたちも巨万の富を得たという。ビジネスの相手方には、共産党幹部の家族も含まれていた。

 ドゥアン氏はシャム氏に「国家に盾突く者に良いことは起こらない」と警告。自分も仮釈放の身で、いつまた拘束されるか分からないと告げた。さらに、シャム氏と共に暮らす12歳の息子の身の安全も考えてほしいと懇願した。

 それでもシャム氏は著書の出版に踏み切った。「元妻と話していたのか、それとも彼女を手のひらで転がしている人物と話していたのか、よく分からない」。シャム氏は本誌(英エコノミスト)のインタビューに対してこう語った。ドゥアン氏は4年間、外との接触を一切絶たれていたそうだ。

 シャム氏はこの脅迫についてあれこれ考えを巡らせた。共産党は本の内容を把握していたのだろうか。それとも単に、自分の存在と自分の知る事実が公になるのを恐れていたのか──。

 中国当局が懸念を抱くのも当然だ。シャム氏の著書『レッド・ルーレット:現代中国の富・権力・腐敗・報復についてのインサイダー物語』は、近年、中国を襲った大きな政治スキャンダルのいくつかを改めて取り上げている。例えば、温家宝前首相の家族が、事業取引を手助けしたり、国有企業の株式を驚くほど安く手に入れたりして巨額の富を築いた出来事などが挙げられる。これらには、シャム氏らが間に入り成立した案件も含まれている。だが彼は、「法に触れるようなことはしていない」と語る。

暴かれるテクノクラートの実態

 この本によって、中国エリートたちの生活の様子がつまびらかにされることは大きな意味を持つ。「一党独裁が今日の中国の繁栄を支えている」とする中国共産党の主張を覆すに値するものであるからだ。

 中国共産党は、独裁の利点をこう強調する。「一党独裁は、高度な知識や行政管理能力を持つ専門家たちが政策決定や運用に関わる、いわゆるテクノクラートのようなものだ。テクノクラートは次の選挙を心配することなく、長期的な視点で公益を意識した国家運営を可能にする」

 しかしシャム氏はテクノクラートの実態を赤裸々に記している。中国の空港に新しい貨物ターミナルを建設したときのことだ。シャム氏は様々な行政部門から150もの認可印を集めるのに3年を費やした。多くの部門は互いに利権を競い合っており、部門間の調整機能はまひしていた。

 認可を得る過程で、米ラスベガスとカリフォルニアの「視察旅行」中に倒れた地方官僚の心臓バイパス手術を手配したり、空港の税関職員のためにテニスコートと劇場を備えた新施設を造ったりするのに奔走するといった出来事もあった。

 北京にある、とある有名ホテルでの出来事も詳細に記されている。そのホテルでは、大臣クラスの大物官僚が毎晩3~4人、彼らの機嫌を取りたい起業家たちから接待を受けていたという。ここの個室ダイニングは、接待をする者同士が互いに顔を合わせないように、迷路のような造りになっているそうだ。

続きを読む 2/2 党に伝わる腐敗の「遺伝子」

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