周恩来は1898年に士大夫の名家の家柄に生まれ、早くから古典を学んで育った。しかし子ども時代は生母と継母を相次いで失い、金銭的にも困窮するなど厳しいもので、12歳で故郷の淮安を離れざるを得なくなった。淮安は黄河と長江に挟まれた平原の地。周少年はここから中国北部のおじの家に移り、新たな生活を始めた。

 中国共産党が中国を支配し始めた最初の数十年の間、周恩来の出自が上流階級であることは語ってはならないものだった。

 歴史家の胡華氏が1977年に出版した伝記『青少年時期的周恩来同志』は、子ども時代の周恩来を「封建社会への反逆者」として描いた。自分が生まれついた上流階級を憎む少年だ。厳しさを増す貧困が少年を「偉大なプロレタリアの革命家」にしていったと説明する。

 この伝記は公式のもので、周恩来が受けた伝統的な教育をたたえつつ、共産党の意向を反映させようと努力している。共産党は当時盛んに、共産主義が登場する以前の倫理規範をおとしめようとしていた。例えば儒教の教えだ。

 胡氏の伝記は、周少年は祖父の書庫の本を熟読し、外国からの侵略者と戦った「立派な国家的英雄たち」の歴史に心を動かされつつも、儒教には関心を抱かなかったとする。

 これに対して90年代に李彩珍氏、バーバラ・バーヌイン氏、余長更氏など欧米で活動した歴史家が書いた伝記は別の見方をとる。

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日経ビジネス2021年6月14日号 86~87ページより目次

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