中国によるサイバー空間での情報窃取が、米中摩擦において重要な対立点になっている。だが、実は中国のネットワークは深刻な脆弱性を抱えており、米国などの情報機関はこれを利用している。中国が内なる敵を監視するために整えた仕組みが、この脆弱性を招いた。

ウィーチャットのメッセージは平文でサーバーに送られる(写真=アフロ)

 米電気自動車(EV)大手テスラのCEO(最高経営責任者)イーロン・マスク氏は今年3月、北京で開催されたフォーラムにオンラインで出席し「テスラが中国で販売する自動車が、米国の国家安全保障当局と情報を共有することはない」と断言した。同氏は世界第3位の大富豪でもある。マスク氏のこの発言は、中国軍がセキュリティー上の懸念を理由に軍人に対してテスラ車の利用を禁止したとの報道を受けてのものだ。

 この発言からおよそ1カ月後の4月、テスラは中国版ツイッター「新浪微博(シナ・ウェイボー)」で「同社製の車が搭載するカメラは北米以外では作動しない。よって中国国内でスパイ活動に使用されることはない」と発信した。

 今日、セキュリティーをめぐる懸念が米中のテクノロジー関連貿易のカギを握る。ほとんどの場合、その関心は「TikTok(ティックトック)」や華為技術(ファーウェイ)など中国のテック大手が、不正な目的のためにどの程度まで米国に侵入しているかに向けられている。

 だが中国側も懸念を抱いているのだ。米国家安全保障局(NSA)で契約職員として働いた経験を持つエドワード・スノーデン氏が2013年、米国の監視・偵察活動がいかなるものか、その概要を暴露した。これを受けて中国政府は、政府機関が採用していた西側の技術を一掃しスパイ活動に利用されないようにすべきだ、とのキャンペーンを開始した。

 テスラをめぐる今回の騒動は、スノーデン氏の暴露事件からおよそ10年を経て、セキュリティーをめぐる懸念がどれほど大きくなったかを浮き彫りにする。インターネットにつながる個人向けの電子機器が増えるにつれ、これらのデバイスが本来の目的とは異なる目的に使用されるのではないかとの被害妄想的な不安が拡大している。

脆弱なのはむしろ中国

 しかしながら、中国がこうした疑念を抱くのは皮肉なことだ。中国が、自国のネットワークから西側製品を排除しても、セキュリティーが確保できるわけではない。中国政府自身が、自らの目的を遂行するために、ネットワークとデバイスをセキュリティーリスクにさらしているからである。米国は中国によるネットワーク侵入に過敏になりがちだが、デジタルセキュリティーが脆弱なのはむしろ中国のほうだ。

 その理由は、中国政府が自国のデジタルネットワークを流れる情報の監視やコントロールを可能にすることに固執している点にある。

 例えば、中国で最も広く利用されている対話アプリ「微信(ウィーチャット)」でやり取りされるメッセージはすべて、暗号化されていない平文のテキストのかたちで中央サーバーを通過する仕組みになっている。政府の要請に従って、同社がメッセージをふるいにかけたり検閲したりできるようにするためだ。

 中国国民をスパイしたいと考える外国の情報機関にとって、こうしたサーバーは格好のターゲットとなる。ウィーチャットのアカウントを持つ中国人は10億人を超える。

 ウィーチャットを運営する騰訊控股(テンセント)は、ユーザーがやり取りするメッセージを監視し続けられるようにするのと同時に、ハッカーには読まれないようにする必要がある。精緻なセキュリティーシステムを構築する必要があるわけだ。これは困難な作業である。米ジョンズ・ホプキンス大学の暗号学の専門家、マシュー・グリーン氏は「もし私が西側のスパイなら、そのようなサーバーの存在は信じがたいほど貴重だと思うだろう」と語る。

 中国の人々が利用するデジタルサービスにおいて、セキュリティーが脆弱であるのは例外ではなくルールだ。すべての電子メールやソーシャルメディアは、当局が容易にアクセスできるようにしなければならない。この要求は、工場やオフィスを結ぶ産業用ネットワークに対するのと変わらない。政府がどの程度の頻度でアクセスするかは異なるかもしれないが。

続きを読む 2/2 米政府は中国の脆弱性突く

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