コロナ禍からの経済回復期に起こるインフレが一時的なもので終わるのか持続するのか、を巡り議論の応酬が続く。金融・財政の緩和策、財政赤字のマネタイズ、人口動態と労働力──いずれにおいても評価が分かれる。筆者は供給ショックをもたらす諸要因を重視し、インフレさらにはスタグフレーションの危険を警告する。

ノリエリ・ルービニ氏
ニューヨーク大学スターンビジネススクール教授兼、経済分析を手掛けるRGEモニターの会長。米住宅バブル崩壊や金融危機到来を数年前から予測したことで知られる。

 今後数カ月のうちに生じるはずのインフレについて議論が高まっている。このインフレは、新型コロナ禍がもたらした不況からの急激な回復を表す一時的なものなのか。それとも、デマンドプル要因(需要の拡大)とコストプッシュ要因(生産コストの上昇)を映し出す、持続的なものなのか。

 インフレ率はこれまで10年にわたり、大半の中央銀行が設定した年2%の目標を下回り続けてきた。そのインフレが今後、恒常的に続くとする主張がいくつかある。

 第1の主張は、米国が取り組む景気刺激策が過剰だからというものだ。米経済は既に予想以上に早く回復しつつあるように見える。

 米国は2020年春に3兆ドル、同12月に9000億ドルの景気刺激策を実施している。これに加えて、1.9兆ドル(約205兆円)の追加経済対策を21年3月に決めた。さらに2兆ドル(約220兆円)規模のインフラ投資法案も明らかにした。米国が進める新型コロナ危機対応策は、08年に起きた国際金融危機への対応より1桁大きい。

 この第1の見方に対して次の反論がある。米国の景気刺激策は持続的なインフレにはつながらない。なぜなら、注ぎ込む資金のかなりの部分を、家計は消費ではなく負債の返済に充てるからだ。また、インフラ投資は需要だけでなく供給も押し上げる。生産性を高める公共資本のストックを拡大するからである。

 もちろん、このような経済の力学を考慮に入れてもなお、景気刺激策が個人の蓄えを膨らませる以上、抑え込まれていた需要が解放される。ある程度のインフレ効果を生むだろう。

独立性失った中央銀行

 インフレは持続するとみる次なる議論は、米連邦準備理事会(FRB)をはじめとする世界の主要中央銀行が、金融の緩和と信用の緩和を同時に進める政策手法に頼りすぎているという指摘だ。中央銀行が供給する流動性は既に短期的な資産インフレを引き起こしている。これから経済が再開し、回復が加速するにつれ、この流動性が信用を拡大し、現実の支出を押し上げて、インフレを誘導する。

 一部には、中央銀行はしかるべき時が来たらバランスシートを縮小し、政策金利をゼロないしマイナスの水準から引き上げて、だぶついた流動性をあっさりと吸収するとの見方もある。だが、この主張は次第に認めにくくなっている。

 各国中央銀行は巨額の財政赤字をマネタイズ*1してきた。これは「ヘリコプター・マネー」や、MMT(現代貨幣理論)に結びつく行為だ。既に高水準にある公的債務と民間債務がさらに増えつつある今、金利を短期、長期ともに低く抑えなければ債務負担を維持できない。これらの債務負担は、先進国ではGDP(国内総生産)の425%、世界全体では356%に達している。

*1=政府が財政赤字を補塡すべく発行する国債を、中央銀行が通貨を発行して直接引き受けること

 この状況で金融政策を正常化すれば、債券市場も信用市場も崩壊させることになりかねない。それは株式市場に波及し、不況を招く恐れがある。中央銀行はもはや金融政策を独立して決定する力を実質的に失っているのだ。

 こうした議論に対する反論がある。経済が最大限の生産能力を発揮し、完全雇用が実現すれば、中央銀行は自身の信頼性と独立性を守るために何であれ必要な措置を取るというのである。だが、そうならなければ、インフレ期待が中央銀行の目標から乖離し、中央銀行の評価は地に落ち、物価の急騰を招くだろう。

 3番目の議論は、財政赤字のマネタイゼーションはインフレを招くものでなく、デフレを防ぐだけだという主張を巡るものである。この主張は、世界経済を今襲っているショックは、08年に経験したのと似たものであるとの前提に立っている。08年は資産バブルがはじけて信用が崩壊し、総需要ショックに見舞われた。

 これに対して今日の問題は、我々がネガティブな総供給ショック*2から回復する途上にある(編集部注:回復しきっていない)ことにある。それゆえ、金融および財政政策を過度に緩和すれば、インフレにつながる可能性がある。さらに悪いことに、スタグフレーション(景気後退下での高インフレ)を導くこともあるだろう。

*2=供給の制約などにより、価格が上昇したり、生産要素の投入が減少したりすること
続きを読む 2/2 懸念すべきは負の供給ショック

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