精子産業が変わりつつある。かつては不妊に悩む夫婦が主な顧客だった。これが同性婚カップルとシングルマザーを選択する女性に変わり、需要が劇的に拡大している。そんな中、数百人の“子”を持つドナー、健康や経歴のずさんなチェック、匿名性の是非などの課題が浮上する。

<span class="fontBold">冷凍保存される精子と卵子</span>(写真=ロイター/アフロ)
冷凍保存される精子と卵子(写真=ロイター/アフロ)

 遺伝子検査会社がDNA検査キットの販売キャンペーンを打つたび、マイケル(仮名、55歳)さんはその後に起こるかもしれない展開に備えて心の準備をする。これまで存在を知らなかった子供からメッセージを受け取ることだ。

 30年前、米ヒューストン大学の学生だったマイケルさんは、精子のドナーになった。彼が関係していたクリニックは、顧客が家族を増やしたいと願うたびに「手を引いていた私を引っ張り出した」という。

 マイケルさんには妻との間に4人の子供がいる。これに加えて、彼が知る限り60人前後の子供(それに十数人の孫)がいる。彼は、自分が提供した精子を使って生まれた子供の数は実際には100人近いだろうと考えている。

 当時は、手軽にお金を稼げるし健康にも役立ちそうだと考えて精子提供を始めた。精子が活発に動き続けるよう、深酒をせずドラッグにも近づかなかった。マイケルさんは、この行動がもたらした「生涯にわたる様々な経験」について「本が書けただろう」と話す。

 今、何人かの子供が定期的に連絡を寄こす。育ててくれた父親が生物学的な親だと信じている子供が驚くほど多い。「自分がずっとだまされてきたことに猛烈に腹を立てる子供もいる」。その一方で、自分の出自を知りながら連絡を寄こさない子供もいる。彼の子供たちの中に、フェイスブックを使って情報交換をしているグループがあることも知っている(彼自身は参加していない)。父の日にはたくさんのカードが送られてくる。

同性婚と未婚の母に需要

 マイケルさんと同様の経験をする男性(と卵子を提供する女性)は今後ますます増えるだろう。米国の精子・卵子提供産業はほとんど規制されていないため、どれほど多くの子供がこのようにして生まれてきたか誰にも分からない。

 加えて、社会が変化し、この産業は前例のない劇的な成長を遂げつつある。マイケルさんが精子を提供して生まれた子供の多くは、異性間結婚のカップルの子供として生まれてきた。今日、そうしたカップルはクリニックの顧客の少数派にすぎない。生殖医学が進歩し、不妊に悩むカップルの間に子供ができるようになったからだ。

 これに代わって、需要を押し上げる大きな要因が2つある。同性婚が合法化されるようになったことと、シングルマザーという生き方を選択する女性が増加したことだ。今や精子バンクの顧客の大半が、同性のカップルとパートナーを持たない女性である。

 米ウェルズリー大学教授で『Random Families』を著したロザンナ・ハーツ氏は、米国において同性愛者が結婚する年ごろとなり、シングルマザーを選択する女性が増えるにつれ、精子・卵子市場は拡大の一途をたどっていると説明する。提供された精子を使って生まれる子供の数は、提供された卵子を使って生まれる子供よりも多いだろう。前者の方がはるかに容易で費用も安いからだ。

 米サンディエゴ大学教授で『Birth Rights and Wrongs』の著者でもあるドヴ・フォックス氏はこう語る。拡大する需要と政府の規制がないという2つの要因により、この分野は「医療というよりもビジネスのように」発展してきた。

 医療とビジネスとの境界はしばしば曖昧だ。子作りを規制することは「誰が親になるべきか」「誰が生まれてくるべきか」という困難な倫理的問題を引き起こしかねない。しかしながら、現実にはすでにクリニックが判断を下している。例えば一部のクリニックは、精子のドナーに条件を設けている。一定の身長がある、大学レベルの教育を受けている、という具合だ。こうした事実を考えるならば、基本的な規制をもっと前に導入してしかるべきだった。

続きを読む 2/2 未知の家族のことが知りたい

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