ユーザーのプライバシー保護をめぐって、アップルとフェイスブックが激しいさや当てを演じている。前者はプライバシー情報の保護を強める意向。後者はこれに対し、ターゲティング広告を難しくすると反論する。ただし、どちらも無私の動きとは言い難い。自らが選んだビジネスモデルを優位にする意図が垣間見える。
「社会的惨事」を警戒するクック氏(左)と、小企業が被る不利益を強調するザッカーバーグ氏(右)(写真=左:Eyevine/アフロ、右:picture alliance/アフロ)
これまで、テックの巨人が別のテックの巨人を激しく非難することは滅多になかった。だが今、米アップルが米フェイスブックに対し厳しい攻撃を仕掛けている。
アップルのティム・クックCEO(最高経営責任者)は1月28日の講演で、次のように問いかけた。「エンゲージメント率(投稿に対する閲覧者の反応)が高いというだけの理由で陰謀論や暴力的な扇動が(編集部注:SNS=交流サイト=上に)優先的に表示されるならば、どのような結果を招くだろうか」。そして声を張り上げた。「社会的なジレンマが社会的な大惨事になるのを許してはならない」
名指しこそしなかったものの、クック氏がフェイスブックの姿勢を念頭に話していたのは明らかだ。米動画配信大手のネットフリックスが昨年制作しヒットさせたドキュメンタリー作品『監視資本主義:デジタル社会がもたらす光と影』(原題:The Social Dilemma)における描写に、フェイスブックは異議を唱えていた。
クック氏の警告は、フェイスブックが米主要紙にアップルを批判する全面広告を掲載したことに対する反撃だ。
アップルは近々、プライバシー保護に関するフレームワーク「app-tracking transparency(ATT)」を導入する予定。iOS(アップルのモバイル端末用基本ソフト)最新版のユーザーに対し、特定のアプリ、例えばフェイスブックがユーザーのデジタル活動全般を追跡するのを許可するか否かを問う。このためのポップアップ画面を表示させる。デジタル活動には他社のアプリ上やアクセスしたウェブサイト上での動きも含む。
追跡を拒否するユーザーは膨大な数に上ると目されており、フェイスブックのみならず、恐らくは米グーグルなどアドテックビジネスに関与する多くの企業に多大な打撃を及ぼす公算が大きい。フェイスブックはこれに反対する姿勢を明らかにしている。
アップルもかつて追跡を重視
プライバシー保護をめぐるクック氏の怒りは正当なものであるがゆえに、かつてはアップルもデータの追跡を許していた事実は忘れられがちだ。
アプリ開発者や広告主は2000年代に、アップルがiPhoneなどに振る識別子「unique device identifier(UDID)」を利用して、インターネット上でのユーザーの行動を追跡するすべを学んだ。UDIDは、iPhoneやiPadなどのデバイスの1台1台に固有かつ恒久的に与えられる識別子。これを利用することで、ユーザーのオンライン上の活動を容易に追跡し続けることができる。
やがて10年にはアップルとグーグルの間でプライバシーをめぐる騒動が勃発。その2年後にはアップルはアプリ開発者に対しUDIDの使用を禁じた。直後の数カ月間、広告主は顧客の活動をほとんど追跡できなくなった。
アップルはiOS 6に「identifiers for advertisers」と呼ぶ、プライバシーを侵害する恐れがより少ない新たな広告主用識別子を導入した。UDIDと異なり、ブロックすることができるし、ユーザー個人を特定することもない。すべてのデータはいったん集積され、統合したうえで使用される。
ただし、それでもユーザーの動向を追跡することはできた。この機能はiPhoneにおいて、デフォルト(標準)で「オン」に設定されており、オフにするには煩雑な作業が必要だった。当時のアップルの目的は、アプリ開発者がiOSを使って収入を得られるようにすることにあった。
けれども今日、アップルのブランドを維持するうえで、プライバシー保護はかつてないほど重要な位置を占めるようになった。同社は4年前、自社のウェブブラウザー「Safari」でユーザーを追跡するのをやめた。
ちなみにグーグルも、同社のブラウザー「Chrome」から「サードパーティー・クッキー」を22年までに排除する計画を発表した(編集部注:多くの広告主がサードパーティー・クッキーを利用してChrome上に広告を表示してきた)。
もっとも、広告業界の関係者は、identifiers for advertisersが依然として存在していることに違和感を覚えている。モバイル広告業界の関係者らは昨年、アップルは自分たちを全滅させようとしているとの感想を漏らしていた。結局のところ、app-tracking transparencyフレームワークの下で、少なくとも一部のユーザーは引き続きクッキーの使用を認めるだろう。
ビジネスを有利に展開すべく
そのような状況にあるものの、フェイスブックは反撃を開始した。昨年12月に大々的な新聞広告を打ち、アップルによるプライバシーポリシーの変更は小規模の企業に打撃を与えると主張した。
フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOは1月27日に実施した決算発表の席で、小企業がターゲティング広告を打つためのツールを同社が提供していることの重要性を説明した。このタイプの広告は資源の制約から、かつては大企業しか利用できなかった。
この主張は、他のインターネット広告業界関係者が発する警告と共鳴する。(アップルがプライバシーポリシーを変更することで)従来型の「垂れ流し」広告の世界に戻ってしまうとの警告だ。ターゲットを絞ることができない従来型広告では、発信した広告の半分が無駄になる。そして、どの半分が無駄になるかは誰にも分からない。
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